風早學士に向ツて、此樣なことを訊ねたことがあると假定する。
「何んですな、解剖學者といふものは、恐ろしく人間を侮辱してゐるものですね。死者の尊嚴を蹂躙《じふりん》して、恰《まる》で化學者が藥品を分析するか、動物學者が蟲けらでも弄《いぢ》くるやうな眞似をするのですから。」
 而《す》ると、風早學士は、冷《ひやゝか》に笑ツて、
「そりや人間靈長教や靈魂不滅説の感化から來た妄想さ。我々の祖先に依ツて廣く傳播《でんぱ》された宗教といふ迷信的の眞理では、我々人類が甚だえらい[#「えらい」に傍点]者のやうに説かれてゐるから、人間の靈性だとか、死者の尊嚴だとかいふことを考へて、解剖することが、解剖される個體に對して甚しい侮辱……だと、ま、思ふのだらうが、そりや思ツたことで、考へたことぢやないな。僕は、屍體に對して特別に尊敬も拂はぬが、また侮辱もし無い。何時も出來るだけ有用な材を得ようと考へて、出來るだけ親切に解剖する。其がまた刀を執《と》る者の義務だからね。併し其が假に死者に對する侮辱だとしよう。然らば君等に人間靈長の迷信を鼓吹したクリストは何《ど》うだえ……活きてゐる人に向ツて罪惡の子と謂ツてゐる
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