った。
 時計屋には支那服の、あの度胸がなかった。
 坊主が怖気づいていた、黒眼鏡と支那服がいなくなったので、乾干になりかかった時計屋と左官を取っ掴まえて、日毎に怒鳴り込んで来た。
「出て失せろ! 強姦[#「強姦」に「×」の傍記]はする。犬はぶち殺して喰う。社会主義者は舞い込む。何んという畜生共だ。穢らわしい人非人奴! 出て行け。ここで死んでみろ。忽ち真逆《まっさか》さに御堂の下は無間地獄の釜の上だぞ! 恐しかったら、一刻も早く出て失せろ」
 坊主はまるで青鬼のように、半分死にかかった人間の前でたけり立った。
「人間は死んだら最後、お寺に来るより外に仕様があるか。ちょっと一足さきに来ただけじあないか!」
 時計屋が最後の声をふり絞って、怒鳴り返えした。
 坊主はそのまま身震いすると、髑髏《しゃれこうべ》のように肉を震い落さんばかりに、慄いあがって怒った。――だが、まだ息の根はとまらない二人を、そのまま墓場へ持ってゆく訳には行かなかった。
 突然に、殺人事件が惹き起された。
 この街一流の日本人商館が、二人組の強盗に襲われたのだ。被害者は薬種商だった。手広く密輸入をやっているという評判が
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