なかった。
「ほう。社会主義者だったのか。彼奴が」
 黒眼鏡が興味深く訊き返えした。
「社会主義者だって、何れ大したもんじゃああんめえよ!」
 支那服も黒眼鏡も、それっきりその話をやめてしまった。そして喰うだけ喰うと、二人は連れだって、暮れかかった街に出て行った。
「まるでこっちとらとは、泥亀とすっぽんほどの違いだ。豪気なもんだ」
 左官は、暗くなった部屋のなかで、ビーフの食い残しをつまみあげながら呟いた。
 彼等と擦れ違いに、時計屋が洞穴《ほらあな》のように糜《ただ》れた眼玉を窪ませて帰って来た。
「骨ぐるみかッさらって行かれそうに、********!」
 左官は黒眼鏡の言葉を思い出して、こみあげてくる笑いを殺すことが出来なかった。
 二人は彼等の喰い残しのロースビーフに噛りついたのが、御馳走の最後だった。
 それっきり支那服も、黒眼鏡も帰って来なかった。無論のこと大連も、それっきりだった。――
 時計屋と左官の上には、がらりと生活が向きをかえた。二人の上には再び、あのにぎやかな生活が帰らないのだ。零落と流浪の絶望が眼に見えない手を拡げ始めた。
 左官には、大連の情熱に満ちた夢がなか
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