の穴へ抜け出るようだった。
「よう! 素敵じゃあねえか」
この二人はいつでも肌身はなさず短刀を身につけていると見えて、黒眼鏡は食いかけの黒パンの破片を抛り捨てると、早速に支那服と向い合って短刀の刃でロースビーフの角を切り落して、頬ばり始めた。口中を油だらけにして、旨そうに眼玉を白黒させた。
「黒パンに、生胡瓜か。見っともない真似はよせよ! まさかにどぶ鼠[#「どぶ鼠」に傍点]じゃあんめえし……」
支那服が、皮肉に黒眼鏡を笑殺した。
「糞! 抜かすな」
黒眼鏡はそんな皮肉に応酬するよりも、咽喉一杯に、雑巾のように押し込んだビーフに手古擦《てこず》っていたのだ。
ふと、支那服が左官を見つけて、思い出したように言った。
「おい! 手前は昨日、ほら門前のロシヤ人の酒場で酔いつぶれたろう。大連はお前、たった今、領事警察に引っこ抜かれたぞ! ここらの『白』は皆んなスパイだ。滅多なことは喋舌《しゃべ》れねえんだ。それに気を配ばらずに、小僧っ児みたいな、気焔をあげるのが、ドジさ。大人気ない話よ。網んなかで跳ね廻わるようなもんじゃねえか。馬鹿な」
だが、左官は皆目、その支那服の言った意味が解ら
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