左官はさように遺恨も含まずに、憫笑する黒眼鏡の気持がまるで判らないと考えた。
「ほら、喰え!」
 どたりと引き裂いた黒パンの塊を、彼の頭を目蒐《めが》けて投げ出した。
「この男はまるで、俺たちを歯牙にかけていないのだ。まるで太平洋のような度胸だな」
 単純で感じ易い左官は、涙にあふれるような感動を我慢して、黒パンの塊に手を伸ばした。
「どう考えても、黒眼鏡の気持は判らない」
 左官は自分の芥子粒《けしつぶ》みたいな肝ッ玉に較べて、そう考え悩まずにはいられなかった。
 尊敬の念が、油然《ゆうぜん》と湧いて来た。

 支那服は野良犬の塩焼きと、一升ほどの高粱酒《カオリャンチュ》を相宿の連中に大盤振舞いして酔つぶれた翌朝から、ずっと姿を見せなかった。
「支那服と黒眼鏡は、一体どうして食っているんだろう?」
 彼は不思議に考えた。だが、二人の存在は左官の貧弱な想像力では、壁坪を測り出すようには、雑作なく想像することはできなかった。そんなことを考えているところへ、当の支那服がのっそり帰って来た。油だらけの新聞紙をほごすと、焼きたてのロースビーフが、碁盤のように転がり出た。素晴らしい匂いが鼻から尻
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