も、すっかりけろりと忘れてしまって、酔払った大連が差し出すウォツカを呷り始めたのだ。
 そして直ぐに、大連の酔いに追い着いた。
「そうだとも!」若者は出し抜けに叫び出した。何がなんだか判らない癖に、彼はよろめく脚を、そこいら中の露西亜人の長靴や、破れズボンにぶちつけながら、
「そうだとも! 兄弟。ふん、浮草みたいに何処をうろつこうともだ。いいか! 根なし草じゃあるまいし、ちゃんと住み心地のよさそうな土地に根をおろそうてな心構は、ちゃんと、なあ兄弟、しっかり握っていようじゃねえか。馬鹿にすんねえ! 間抜け奴。一体どこの国の土地がよ、この俺の口を食いつないでくれたんだ。へん。立ン坊じゃあるまいし、ちゃんと腕があるんだ。俺の腕を知らねえか。左官の藤吉を知らねえのか。この間抜け露助奴!」
 彼は酔った。怒鳴る本人すら訳の解らない啖呵を吐き出しながら、顔中を赤貝みたいにむき出して、笑い崩れるロシヤ人のテーブルを泳ぎ廻った。
『若いの』は左官だったのだ。彼がステッキに結びつけていた風呂敷は、コテとコテ板の商売道具だったんだ。その左官が黒のよごれた詰襟の洋服と、破れ靴で流れ歩いているんだが、それは全
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