うに吹っ飛んで行く若者を、かっきりと釘抜きみたいに抱き留めてしまった。
「飲め! タワリシチ! 飲め!」
 彼は漬菜のように度肝を抜かれた若者を、わ、は、はッ、わ、は、はッ! と牛の舌みたいな口唇を開いて笑い崩れている豚の尻みたいに薄汚いロシヤ人の群のなかに突き飛ばした。
「|日本人よろしい《ヤポンスキイ・ハラショ》!」
「ボルシェビイキ、ハラショウ!」
 その薄汚いロシヤ人が、一斉に手を求めた。若者はこの毛だらけの、馬の草鞋《わらじ》みたいな、途方もなくでっかい[#「でっかい」に傍点]無数の掌の包囲に、すっかり面喰ってしまった。
 大連はもう仕末におえない程酔払っていた。
「飲め。畜生! 飲め。俺は自由を愛するんだ。俺は自由の国ソビエット・ロシヤを誰よりも愛するんだ。糞! いいか。よく聞け、俺は。俺はだ。家風呂敷みたいなロシヤで、自由に背伸びをして生きたいんだ。いいか。さあ、若いの飲むんだ!」
 若者はすっかり煙に巻かれてしまった。が、また彼奴は彼奴で、性根の据らない小盗人みたいに、たったいま[#「たったいま」に傍点]はじける程に蹴とばされた睾丸のことも、鉄砲玉のように遁げ出したこと
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