方流浪しているのだと云う――。この男のその気持はまるで解らない。支那服は雑作もなく(なあに、女房の死霊に、魂をあの世へかッさらわれたのさ。それでフヌけた訳さ)と、簡単に片付けたが、或いはそうかも知れない。
 若者が荷厄介な古行李同然の調子で、自分の体をやけ糞に投げ出すと、びょこッと時計屋が折れ釘のように、起きあがって手を伸ばした。
「若いの! 三銭ばかりないか。腹が減ってしようがないんだ」抜毛のように頼りない声を出した。
「三銭どころか。この通りさ」若者は両手をはたいて見せた。
「そうか」
 折れ釘はまたそのまま倒れた。
 そしてそれっきりで二人がうとうととしかかった時、絞め損った鶏を飛ばしたような消魂《けたたま》しさで、引き裂かれるような悲鳴が、耳のつけ根で爆発した。同時に、若者と時計屋がはね起きた。
 すると、どうだ! 短袴子《タンクワツ》の赤い腰紐を引き※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]られたままで、ぐるりと羽二重餅のような*******修理婦が、そこら中に糸巻きや針や鋏などを一面に投げ散らして、あがき喚めきたてながら、***の黒眼鏡に****************
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