ることをあかす。」
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  三 三願転入

 親鸞は自己の宗教的生を回顧して次のように書いている。
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「ここをもて愚禿釈の鸞[#「愚禿釈の鸞」は底本では「愚※[#「禾/几」、420−上−2]釈の鸞」]、論主の解義をあふぎ、宗師の勧化によりて、ひさしく万行諸善の仮門をいでて、ながく双樹林下の往生をはなる。善本徳本の真門に廻入して、ひとへに難思往生の心をおこしき。しかるに今ことに方便の真門をいでて、選択の願海に転入せり、すみやかに難思往生の心をはなれて、難思議往生をとげんとおもふ。果遂の誓ひ、まことにゆへあるかな。」
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 これは『教行信証』化巻に記された有名な三願転入の文である。
 この文が、率直に理解するかぎり、親鸞の信仰生活の歴程の告白であることは、明らかである。それは歴史的事実[#「歴史的事実」に傍点]の叙述である。そしてこの歴史は、初め「万行諸善の仮門」、次に「善本徳本の真門」、ついに「選択の願海」という三つの過程を示している。ところでこの文を親鸞の信仰の歴史を語るものと見れば、かかる三つの転化、わけても「今こと
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