な叙述を試みたい。私と異なった立場が可能であるか、また私と別な考え方があり得るか、私はそれを知らない。もし実際に可能であり、あり得るとしても私はそれに対して反対したり、私の思想を弁護したりする権利も自由も少くとも現在の私はもっていないことを最初から承認する。
よき生活を可能ならしむる必然的制約は、私の信ずるとおりであれば、二つに別つことができる。第一、永遠なる価値の存在。第二、完成の可能。しかしてそれらと関係してそれらに安定を与える第三のものとして、もしくはそれらを抱合する唯一つのものとして、私は、絶対者の存在を挙げることができると思う。
永遠なる価値の存在の信仰にして虚妄であれば私たちのよき生活はあり得ない。私たちの驚嘆と畏敬とを喚起せずにはいない偉大なる科学者、芸術家、徳行家、哲学者、宗教家たちが日も夜も求めてやまなかった真や善や美や聖にしてもし妄想に過ぎないとするならば、私たちの生活も努力も畢竟《ひっきょう》無意味でなければならない。それに対する愛の純粋と熱誠とから、私たちにとっては驚異であり奇蹟であると感ぜられる天才者が、毒薬をあおぎ、十字架に懸けられ、焚刑に処せられ、追放
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