ると、家にをられないので、風呂屋へ行つて、三時間位、かうして子守りをしてゐる。この期間八ヶ月つゞいた。八ヶ月目に、女は、
「もう袷《あはせ》が無いと、いくら何んでも、働けない」
 と、云つた。これまでと夏の間に、さういふ金目の物は、皆無くなつてゐるのである。十月にかゝらうとするのに、女は単衣物《ひとへもの》で、訪問して歩いてゐたのだ。僕は言下に、
「よせ」
 と、云つた。そして、大日本薬剤師会の書記になつた。それから、当時「わんや」にゐた神田|豊穂《とよほ》と知合になつて「わんや」が金を出して「春秋社」を創立した。そして、トルストイ全集を出した。こゝで、第二期の貧乏が暫《しばら》く、名残りを惜しみつゝ、別れて行つたのである。

 第三期
「人間社」をやつた。久米、田中、里見、吉井が同人《どうにん》である。高利貸から、金が借りられるまでになつてゐた。高利貸なんて、便利なものだから、ちよい/\、利用してゐると、強制執行が、時々きた。
 この時分、人間に第六感のある事を信じるやうになつた。それは、借金取の電話のかゝつてくる前になると、きつと、眼ざめるのである。
(いけない。電話だぞ)
 と、
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