何かの仕事をくれるだらう。その方が、あんな坊主に断られるよりはましだ、と考へてゐた。だが、もう、何うする事もできなくなつてゐた。その時に、相馬御風氏から一つの仕事が、田中純を通じて、持込まれた。これが、六十円だ。
(三|月《つき》食へる)
「戦争と平和」を、二百枚に縮めろといふ仕事だ。訳の出てゐない時分だ。死物狂ひに英訳を読んだ。書いた。三月経つた。保高が、
「妻君になら口があるんだが」
と、云つてきてくれた。生れて三月目の赤ん坊がゐる。だが、女が働くより法が無い。今なら、女給などゝいふのがあるし、女房は美人だつたから、少々齢をとつてゐても、勤まつたゞらうが――その口は、読売新聞に新設される婦人欄の外務記者で、月給十八円、手当五円、電車のパス月に二冊。僕は、女を働かせて、子守りである。
飯を焚くし、ミルクを作るし、夕方の菜《さい》から、悉《こと/″\》く僕だ。三四月からだつたゞらう。僕が、胡座《あぐら》をかいて子供を、脚の間へ入れると、丁度、股が枕になつて、すつぽり、子供の身体が入る。これを上下へ動かすと、子供はよく眠る。(この子供が十七になつて文化学院へ行つてゐる)そろそろ暑くな
前へ
次へ
全12ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング