れじち》し、女の物を売り、貸間へ落ちとうとうどん底へ来てしまつた。生まれながらの貧乏は、かういふ時に、胆《きも》が坐つてゐる。相馬御風氏の所へも、吉江孤雁氏の所へも、片上天絃氏の所へも、就職の頼みには、絶対に行か無いし、原稿など売れやしないから、そんな事はてんで考へない。友人にも、親族にも、黙つて、
「何とかなるよ」
と、云ってゐた。だが、最後に「実業の世界」で、記者入用の広告を見て、今は無いが、日比谷の角にあつた同社へ行つた。十銭玉一つ。往復だと七銭、片道四銭の時分だ。電車にのつて考へた。
(片道なら六銭残る。もし採用されたら、もう四銭出して乗つて帰ればいゝのだが、採用されなかつたなら、歩かないと――)
と、今にして思へば、試験官は、安成《やすなり》貞雄氏だつた。くりくり坊主が振向いて、
「もう、採用してしまつたから」
さう云つて又ぐるりと、向う向いてしまつた。
(二度と、求職などに歩くものか)
貧乏鍛えの負けじ魂は、この時に決心をした。そして女には、この事を黙つて、
「餓死はしないよ」
実際、餓死状態までになると、大家だつて、警察だつて、すてゝはおくまいと、決心してゐた。
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