いろの事件――それは、悉く、小太郎を巻き込んでいたが、自分の――人間の、体験したことではないように思えた。自分の見た、自分の芝居、事実らしい夢――それは、父の斬死にさえ、こうしていると、悲しみも、憤りも、起って来なかった。人間の経験にしては、余りに、異常な、余りに恐ろしい事実であった。
(あの山で、ああしたことを、自分がしたのであろうか)
 と、小太郎は、疑った。
(もう一度、同じことをせよと、云われたなら?――二度とは、出来ない)
 小太郎は、汗を拭きながら、肩にかけた荷物の下の、汗にじめじめするのを、度々、掛けかえながら、少し、引きつる脚で、大津から、坂本への道を、急いでいた。
(綱手――こいつも、死んだ)
 小太郎は、綱手のことをおもうと、父の斬死よりも、可哀そうな気がしてきた。
(父は、本望であったかも知れん。然し、綱手は?)
 月丸の手に抱かれて、月丸の手にかかって、死んだのは、その男と契った女として、幸であるかも知れぬが、その齢の若さ、死ななかったなら、何んな幸福が、その将来につづいたか? と、思うと、同じような暮しを、長くつづけて来て、これから後も、又、同じである父に比べて、綱手は、人生の、一番幸福なことを、経験しないで、死んで行ったのだと思えた。そして、それが、堪らなく、不憫に感じられた。
(母は、何うしているか?)
 七瀬のことを考えると、それは、薄墨色をしていて、考えようがなかった。ただ、母が、苛立ちながら走り歩いたり、行燈の下で、子のことを、心配している姿だけが、思い出されてきた。そして、母よりも、深雪のことの方が、心配になってきた。
(せめて、綱手の代りに、深雪を人並に、暮せるよう――)
 小太郎は、そのことを考えると、自分の仕事の、牧を討つ、ということや、益満の、天下を対手のことやよりも、南玉の生活が、庄吉の生活が――その人々の住んでいた長屋の人々の生活の方が、遥かに、幸福のようにも、考えられてきた。
(弓矢の意地?――主君への忠義――そのために、一家を、悉く犠牲にして――)
 と、思うと、益満の言葉が、しみじみと判ってきた。
(世の中が、ちがってきた――それは本当だ)
 旅人姿をして歩いて行く小太郎と、南玉とに、通行の人々は、道を避けた。そして、不安な眼をして、眺めた。そういうことは、今までに、ないことであった。
(京都へ、不逞浪人が入り込んで、血を流すから、それらと、わしとを、一緒に考えているらしい)
 小太郎は、右に、広々として、ぎらぎらと輝く湖を見、左に、聳立《しょうりつ》している山を見て
(益満の云う如く、わしの考えは、小さいかも知れぬ)
 と、感じた。

「若旦那、何を、お考えで」
 南玉が、汗を拭きつつ
「こう申しちゃあ、何んでげすが、同じ死ぬんなら、あの山あ、景気がようて、ようがすな。朝夕、この景色を眺めておられたら、死んだって、長生きできますぜ」
「親子は一世、夫婦は二世と、申すが、兄妹は、何世であろうな。世間の兄妹と申すものは、朋輩より水臭いが、わしらは、苦労をしたせいか、父のことを思い出すと、斬殺された綱手の方を不憫におもうし、母のことを思うと、深雪の方が、いじらしい」
「ねえ」
 南玉は、頷いて
「御尤も様でござんす。苦労だって、一通りや、二通りではないんでげすからね。何かといや、斬るの、殺すの――」
「いや、それも、貧の辛さだのう」
「それには、手前がついておりやす。ぽんと叩くと、銭が儲かるし、ぽんと叩くと、人でも斬れるし――」
「南玉」
 小太郎は、日吉《ひえ》神社から、爪立ち登りになってきた道を、千鳥形に、縫って上りながら、佇んで
「わしは、もしかしたら、今度は、父と同じになるかも知れんが――深雪のことについてだのう」
 南玉は、肥った身体の、山登りに、もう、呼吸を喘がせて、肌衣一つになって、それでも、肌衣に、汗を滲ませながら、小太郎の言葉を聞くと
(庄吉の嫁に、と、いわねえもんかの)
 と、思った。そして、小太郎が、そのまま、言葉を切って、湖水の景色を眺めているので
(もしかしたなら、そうかも知れんぞ――なまじっか、身分の低い士より、庄吉の方が、人間は――)
 と、考えてきて
(巾着切で、片腕が無《の》うて、さて、堅気になったところで、これという商売の当もないし)
 と、思うと、庄吉の嫁にしたいし、することが出来ないようでもあった。
「庄吉の志も判るし、人間のよさも判るが、それに、深雪も――わしが強いてと申せば、否とも申すまいが――」
 南玉は、唾を飲みこんで、身体中を、固くして聞いていた。
「庄吉は――何うして、生計を立てて行くか。わしは、彼奴を、身分ちがいの、言葉をかけるのも、汚らわしい奴と考えておったが、交際《つきあ》っておると、頼もしくなってきたし、わしの一家のような悲惨な目に逢うと、せめて、深雪一人だけでも、ああしてまで、深雪のことを想うてくれる庄吉の手に、任しておいてやりたいような気がする。身分ちがいでも、片腕でも、何んでもよいから、お前だの、庄吉だのへ任せておいた方が、よいようにおもう」
「ええ」
 南玉は、それにちがいない、と思った。だが
(庄吉が一人になりゃあ、一体、何うしてあいつは暮すつもりか? 富士春に養われて――深雪さんじゃ、そうは行かないし、と、いって、巾着切はできめえし、俺の前座は、勤まるめえし、勤めたって、前座の実入《みいり》じゃ二人暮しはできないし――)
 と、考えてくると、庄吉の恋も、仙波の家の運命と同じように、悲惨なものに、思えた。
「一寸、こいつは――一寸、若旦那、考えさして、おくんなさい。こいつあ、弓矢の意地や、二一天作の五のように、簡単にゃ行かねえ。講釈の方でも、人情話は、難かしゅうござんして――」
「わしも、考えようが、わしは、わし自分をさえ、養えない身だからの――斬死の外にない」
 小太郎は、湖を眺めて、呟いた。南玉は、何んとか、うまいことをいって、小太郎を、慰めたかったが、何ういっていいか、判らなかった。

 陽ざしは、暑かったが、山風は、冷たかった。杉木立の深い中へ入ると、蝉の声が、時々聞えるだけで、身体も、心も、落ちついてくるようであった。
(何うにもならん――因果な身の上、因果な恋――というより外に――なにしろ元が巾着切で、今は巾着切仲間の情に生きている奴で、おまけに、片腕がないと来て――当り前の、そこいらの娘だって、嫁に来る身分じゃあねえ――だが、侠気《おとこぎ》があって、素直で、命がけに惚れ込んで、それでいて、男らしく諦めて――)
 南玉は、同じことを、幾度も幾度も繰返して考えてみたが、どう処置していいか、判らなかった。
「涼しいの」
 小太郎が、振向いて
「この山に、一刻も、こうしておったなら、心気が、静まるであろう。死を覚悟しておりながら、いろいろの妄念に煩《わずら》わされるが――南玉、見えた、あれが、義観のおるお堂じゃ。見えるであろう」
 小太郎の指さす杉木立の深い中に、堂の屋根が見えていた。二人は、草の中を急いだ。
「老師」
 と、縁側から声をかけた。
「誰じゃ」
 寝ているらしく、畳の上から、返事が聞えた。
「仙波小太郎で、ござります」
「ああ久しいの――上るがよい」
 小太郎は、荷物を置いて、脚絆をとった。そして、縁側へ、膝をついて
「ここからで、よろしゅうござりますか」
「うむ」
 障子を開けると、義観は、汚い木の枕をして、詩集らしい、薄い本を、額の上へ、開いたままのせて
「よう来たのう、すっかり、よいか」
 と、笑った。そして、南玉を見て
「連れか。上るがよい」
「何んとも、お礼の申し上げようが、ござりませぬ」
 小太郎は、両手をついて、礼をいった。
「余り、固くるしいことをするな。何しに来た?」
「お礼のためなり、墓参のためもあり、又、牧の行方を捜すために」
「未だ、討てぬか」
「お恥かしゅう存じます」
「噂に聞くと、天下も、島津も、物騒だの。会《え》すれば則《すなわ》ち事《じ》同一|家《け》、不会なれば万別千差、不会なれば事同一家、会すれば則ち万別千差。討つのもよい。忠孝両全の道じゃ。討たぬのもよい。神仏と心を同じゅうするものじゃ。世の中のこと、して悪いということはない。自分でしたいと、思うことはの」
「恐れながら」
 南玉が首を延して
「巾着切などと申しますことは?」
「したくはないが、しておるのであろう、気が咎めているであろう。気の咎めることをするのは、したくないことを、しておるからじゃ。したいことに、悪いことはない。したくないことは、大抵悪い。お前が、巾着切か」
「あの者は、桃牛舎南玉と申し、江戸の講釈師でござります」
「何を講釈するな」
「上《かみ》は天文より、下《しも》は男女の色事にかけ」
「はははは、落語家《はなしか》の一種か。なかなか、あれは面白いものだの」
 と、義観はいって、鋭く
「小太郎、生死の道は、心得ておろうな」
 と、聞いた。
「今度のこと、覚悟は致しております」
 小太郎は、頭を下げた。

 義観は、脣《くちびる》に微笑していたが、眼は鋭く光っていた。
「死は覚悟とは、死ぬつもりか?」
「はい」
「借金を背負っても、首は縊《くく》れるし、女に迷うても、水に陥れるぞ。この間の死の区別は如何《いかん》」
「はい」
「はい、では、判らぬ。徒らに、死ぬ覚悟だけなら、匹夫、婦女子にでもできるぞ」
 小太郎は、俯向いて、耳から、首筋まで、赤くなっていた。
「剣客の覚悟、士の用意と、遊冶郎《ゆうやろう》の情死との間に、如何の差かある?」
「はい」
「判らぬか」
 小太郎は、黙っていた。判るようでもあり、判らぬようでもあった。ちがうと思えたし、同じようにも思えた。
(死ねばいい。死ぬ覚悟で、働く!)
 と、思った時
「判らぬか」
「はい」
「莫迦《ばか》っ」
 その声は、達人の気合と同じように、頭の中へ、胃の中へ、鉄刀を突き通すように、鋭く響くもので、同時に一つの力として、身体を、圧倒するようにも響くのであったし、身体も、心も、ちぢみ上って、固くなる鋭さをもっていた。
「生とは、徒らの生でなく、死とは、徒らに、犬死することではないぞ。死とは、自棄自暴して、生を断つことではなく、永劫の命、来世の生のために、喜んで赴くの心だ。死の覚悟とは、絶望しての覚悟でなく、十方を通貫して、転変自在の意《こころ》じゃ。内外打成一片にして、善なく、悪無し。千刀万剣を、唯一心に具足して、死生を超越す。これが、士の、剣客の、生死の覚悟じゃ。痛まず、悩まず、悲しまず、変ぜず、驚かず、これ、剣客の心じゃ。それに、何んぞや、父の墓参? わしへの礼? 左様の世上凡俗の習慣を、訣別の大事と心得ているようで、生死を越えての覚悟がついておると思うか? 死の覚悟とは、心を極め、天命を知り、一切有為世界の諸欲を棄て、天地微塵となるとも、聊《いささ》かも、変動しない、この心が、剣刃上の悟りではないか――剣刃上を行き、氷稜上を走る、階梯を渉らず、懸崖に手を撒《さっ》す、この危い境地をくぐって、小太郎、この四明の上に於て、まさに、剣刃上を行き、懸崖を走りながら、未だ、世上煩悩を棄てきれぬか」
 小太郎は、手をついて、だんだん頭を下げて行った。
 死ぬより外にないから、死のうとする、絶望の死であって、明るい、希望をもった死ではなかった。そして、死を覚悟しながら、深雪のことに、生計のことに、心を煩わしていた。それは、決して、死を悟っているものではなく、死に、透徹したものではなかった。ただ死を恐れない――というよりも、盲目的に、死のうとするだけで、士として、剣客として、決して、生死の覚悟ができている、と云えないものであった。小太郎は、絶望的にはなっていたが
(せめて、義観には、自分の志を、知ってもらって――)
 と、考えていた。その義観から、こう云われると、恥入りもしたし、教えても、欲しかった。
「某、愚昧にして――」
 義観の手が、右へ閃くと――小太郎の前へ、戒刀が、転がった。
「死ねっ」
 と、義観が叫んだ。南玉
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