出ない。孔子祖述者は、皆孔子以下じゃ。然るに、洋学は、その創始者より、次の代の者、その者よりも、近頃の者と、だんだん、その学文が研究され、究理されて、日進月歩しておる。旧習を墨守せず、よいものは、躊躇することなく取入れておる。だから、日本が、三百年間鎖国していた間に、異国は、遥かに、進歩を遂げてしもうた。それは、お前達にも、よく判っているであろう」
 若侍は、一斉に頷いた。
「じゃによって、これからの若者は、一生懸命に勉強して、それを取返さねばならん」
「そうでござります」
 一人が、感激した声で云った。
「それを取戻すためには、異国へ行かなくてはならん。行くには、言葉を学ぶ要もある。わしが、行けるものなら、明日にも行きたいが――」
 斉彬は、こういって、そのまま黙っていた。
「お供が出来ましたらと、心得ます」
「その中に行ってもらうこともあろう――お前達は、よく判ってくれるが、わからん人達が多い。つまらんことに、青筋を立ててのう」
 と、いった時
「名越左源太、御目通りに」
 と、襖の外で、取次がいった。
「許す」
 若侍は、膝を寄せて、名越の坐るところをこしらえた。襖際で一礼した名越は、人々を、微笑で見廻して
「又、ねだっているの」
 斉彬が笑いながら
「例の講釈じゃ」
「少し、お耳に入れたい儀がござりまして、参候仕りました」
「よい話か、珍しい話か」
「よい話と心得まするが――ほんの暫時、御人払いを――」
「ふむ――」
 斉彬が、何んともいわぬ先に、若い人々は、写真を置いて
「遠慮仕ります」
 と、立上りかけた。
「待て」
 斉彬は止めて、名越に
「一言でいえることか」
「申せます」
「では、その隅へ参れ。一同、そのままでおれ」
 斉彬は、こういって、立上った。名越も立上った。人々は、じっと俯向いていた。二人が、部屋の隅へ行くと、名越が
「密貿易の件にて、調所を、御老中へ訴えましたが――」
 斉彬の柔和な眼の中に、鋭い光が閃いた。

「と、申すと、その方が――」
「いいえ、益満が――」
 斉彬は、静かに元のところへ引返してきた。名越は
(益満のいった通り、お喜びにならぬわい。敵党の巨魁《きょかい》にしても、調所は、偉物は偉物なのだから――)
 と、思って、後方からついて来て、斉彬の横へ座った。斉彬は、暫く黙っていたが
「益満の在所《ありか》は?」
 と、名越へ振返った。
「手前のところに引止めてござりまする」
「召出してくれんか」
「かしこまりましてござりまする」
 人々は、何か、相当大きい事件が起っているにちがいない、と思った。名越と同志の二三人の若者は
「何事でござります」
 と、咽喉まで声の出ているのを我慢していた。名越は一礼して出てしまった。
「そこで――この写真だの、電信機などの出来たのは、何んの力かと申すと、理化学によってじゃ。理化学と申す学文は、仮《たと》えば、水は何から出来ているか、ということを研究する」
「水は、水からではござりませぬか」
「誰しもそうとしか思えぬ。然し、紅毛人達は、水の無いところに、水のたまるのへ眼をつけた。仮《たと》えば、煙管の中に、水がたまる。煙と、火ばかりで、水の縁が無いのに水ができる。これは、何故であろう?」
「唾気《つばき》がたまるのでは――」
「唾ではない」
 と、斉彬がいうと、二三人が
「それが、何故に水がたまります」
 と、口をそろえた。
「それで、いろいろと実験した結果、水は、水素と、酸素と申すものから、成立っているということが判った」
「はあ」
 一人の若者は、熱心に斉彬の顔を凝視して、呻くように答えた。
「酸素と申すものは、どういう形で」
「形は無い」
「色は」
「色も無い」
「臭は」
「臭も無い」
「はて、屁玉より掴みどころのない――」
 人々は、笑った。だが、その若者は、真面目な顔で
「どうしてそれが判りましょうか」
「詳しいことは、皆方喜作に聞くがよい。あれの家には、実験所もできている」
 斉彬は、人に命じて作らせている大蒸汽船、紡織機械、ピストンの鋳造機、電信機などの設計図のことなど思い出して
(調所は、可哀そうに――)
 と、軽く胸をしめつけられた。
(当家は代々、内訌《ないこう》によって、いい家来を失うが、いつまで、この風が止まぬのか)
 と、思うと、自分が、自分の命を脅かされ、子供を殺されても、無抵抗でいるのに、何うして、自分の近侍に、その気が判らないのかしらと、腹立たしいような、悲しいような気持になってきた。
「益満休之助、御目通りを」
 と、襖外で声がした。

「益満、調笑の事を、御老中へ訴えたと申すのは、真実か」
 斉彬は、もう、平素のように柔かな眼をしていた。
「はい」
「何んと、考えて、訴えたぞ」
「はい」
 益満は、頭を上げて、正面から斉彬を見た。決心と、才気との溢れた眼であった。
「これより申し述べますること、御賢察願わしゅう存じまする。素より数ならぬ軽輩の身、もし誤っておりましょうなら、刀にかけて、申訳は仕りまする」
 益満は、畳から、手を揚げて、膝の上へ置いた。
「最早、かの老人は、有害無益、為すべきことを為し終った上は、ただ一日も、早く死ぬべきものにござりまする。常々、お上の仰せられますが如く、異国との交易は、そのうち、天下公然として営むことに相成りましょう。調所殿の功績は、ただこの一点。承りますると、最早三百万両の非常準備金も、できましたよし。一介の茶坊主より立身して、この功業を為し遂げました上、御家老の列に入り、功成り、名を遂げたる次第。而して、その時こそ、調所殿の死すべき好機にござりましょう。この上の長命も、人の情として、又、某と致しましても、願いまするのは当然のこと。この島津の功臣を、罪無くして殺すことは、致しませぬが、この功績と共に、一方、お由羅方に通謀して、赦すまじき悪逆を企てたる罪、その張本人の一人として、天より、罰を下されるか、人の手にかかるか、当然、調所殿の負わねばならぬ罪にござりまする。もし、お為方の誰かの手にかかり、斬殺でもされましょうなら、調所殿のために惜しみても、余りありますること。今日、某、訴人したる罪を負うて、自裁なされますなら、その最期の潔さ、それこそ、調所殿の一生を完《まっと》うするものに、ござりましょう。さて――」
 益満は、赤い頬をして、米噛に筋を立てていた。斉彬は、眼を閉じて、一言も云わなかった。その外の人々は、俯向いたり、腕を組んだり、益満の顔を見たりしていた。益満は、言葉をつづけた。
「ただ一つ、訴状の筋、禁を犯しましたることが、無事、調所一人の自裁にて、納まりますや、否や、老中が、差赦しますか、何うか、軽輩、某の如き身分として、御老中の心中、幕府の政策を窺うのは、僭上《せんじょう》至極の沙汰に存ぜられまするが、某、思いまするに、幕府は最早、諸大名に対し、その勢力を失墜しておりまする。又、御老中阿部殿は、穏和至極の人にござりまする。第三に、お上とはただならぬ交りの仲にござりまする。第四に、禁を犯して、密貿易を行っておりまする家は、外にもござりまする。第五に、それを、従来より黙認致しておりまする。第六に、密貿易は、国益になることにござりまする。第七に、禁を破ることとはいえ、幕府を危くすることとは異っておりまする。第八に、密貿易の証拠として御老中へ拙者より呈出しおる物は、悉く調所殿が咎めを負うべき性質のもので、当家へお咎めがござりましょうなら、某にても立派に申し開きの立つものにござりまする。第九に、当家と、幕府とは縁者にござりまする。第十に、もし、御当家へ咎めのかかることがあれば、証拠書類は、某の謀書として、この腹一つ切れば、よろしきようにも企んで置きましてござりまする。常々、お上より、天下大難の時、家中の争を禁じるようとの仰せを、蒙ってござりますが、家中に、両党あり、二君あっては、一致して、外敵に当り得ましょうか? 先ず、身を修め、家を修めて、困難に当るのが順序、某これだけの思慮を致しまして、調所殿を訴え出でました次第、もし、過っておりましょうなら、覚悟は、とくより致しておりまする。お耳に逆いましたる段、お詫び申上げ奉りまする」
 益満は、いい終ると、平伏した。人々は、ほっとして、身体を、首を動かした。

「よく思慮した。お前として、天晴れな思案じゃ」
 斉彬は、片手で、火鉢の縁を撫でながら
「然し、人の上に立つ者として、そうも行かぬ。お前は、わしのために、調笑《ずしょう》の、人を憎み、罪を憎んでいる。或いは、罪をのみ憎んで、人を憎んではおらぬかも知れぬが――わしは、お前が頼もしいと同じように、調笑も頼もしい。それはな、調笑が、当家の財政破綻を救ったから、頼もしいのではない、救わずとも、わしの性――とでも申すか、家来は、皆頼もしいものじゃ、と思うている。いろいろの噂がある。わしの子は、四人とも死んだ。お前達にいわせると、殺された、というかもしれぬ。そして、調笑も、その張本人の一人だというかもしれぬ」
 斉彬は、俯向いて、黙然としている人々へ、穏かにこういいつつ、自分も、じっと、眼を膝の上へ落した。
「いうかも知れぬでなく、それが、真実かもしれぬ。そして、わしも、凡夫である以上、子を殺されては、嘆かわしいし、殺した者を憎む情も、持っておらぬことは無い。それは、益満、人間、自然の情じゃ。然し――ここをよく聞いてくれ。父、斉興がおわす。今、お前の申した如く、政道筋が、或いは二途に出ているように、世間は感じておるかもしれぬ。確かに、幕府などは、父を差置いて、万事、わしと談合をしに来る。そして、わしは、それにいろいろと申し述べることもある。これは、子として、確かに、父に反く者じゃ。或いは、調笑等の企てよりも、罪としては、深いものかもしれぬ。だが――」
 斉彬は、暫く、言葉を切った。
「だが――天下の形勢――つまり、幕府の事情、異国の事情、人心の帰趨、動揺を見る時、わしは、父も、子も、家来も、無論、わしをも、生犠《いけにえ》として、この日本を救わねばならぬような気がする。そして、ただ、それだけが、わしの天から与えられた職責で――少し、いうのは、おかしいが、今、日本において、そういうことを考えているものは、わしら二三人の外にない――と、いう自信も、持っている。益満は、只今、家の中さえ修められずに、外敵に当りうるかと申した。如何にも、家は修まっていぬ。然し、わしは、家を修めて、わしの手で外敵に当ろうとは思わぬし、それは、出来ないことじゃ。それを行うには、わしの考えていることを、日本中が、一致して行ってくれることで、わしは、わしの意見が、天下の輿論《よろん》となれば、それでいいと思うている。実行とは別じゃ。つまり、わしが時代の生犠となって、それが、人民の、当路の、目を醒ましてくれればよい。日夜、わしは、それを念じて、わしの思うたことを、微かながら、実現しようとしている。子は可愛いぞ、益満、然し、天下のために、子を斬る時も、人間にはあるぞ。まして、お前達、軽輩の身軽さとはちがう。いろいろの、拙《つま》らぬ、小さい、煩わしいことが、わしを縛っている。それと闘いつつ、己の、感情と闘いつつ、わしは、日夜ただ、そのことのみに突進しておる。そして、それを知っていてくれる者は、僅かに二三人じゃ。時々は、淋しゅうもなる。わしとて、子と共に遊び、父のよい機嫌を見、奥と楽しく語らう味を、知らぬものではない。然し、日本の前途を思うと、そうはしておれぬ。こうしている一刻たりとも、時間が惜しい。身が軽かったなら、わしは、異国へでも行っておろう。益満、判るか、わしの心が――」
 斉彬は、微笑していたが、座の一人は、涙を流して、膝の上へ落ちたのを、拭こうとはしなかった。益満は、俯向いたまま、黙っていた。

「お察し申しております」
 益満の声も、少し顫えていた。
「よって――よって、奸物共が、憎うて」
「お前としては――然し、わしには、憎む暇がない。又、わしに万一のことがあれば、久光が立つであろう。久光は、わしの心をよ
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