のを叱りながらも、心の顫えるのを、何うすることもできなかった。
(左だ)
小太郎は、眼を閉じて、父の顔に祈り、義観に念じ、この山の仏に、神に
(人影が見えますよう――それが、牧であるよう)
と、祈った。そして、じりじり、視線を、左へ、左へ――草原の線の重なり、その上に頂を出している森、その後方の山々、その下の平野、村々――小太郎は、左へ左へ見て行くうちに、ちらっと、黒点が、眼に入った。小太郎は眼を閉じた。そして
(人であってくれるよう。牧であってくれるよう)
心臓が、喘いできた。身体中が緊張に顫えてきた。神を念じて、眼を開くと、じっと、凝視めた。三人の人影が、草の中にうずくまっていた。
「あれで、修法が、出来るかしら――出来るとしても、験《げん》があろうか」
草の中へ、腰をおろして、吸殻を、足で擦り潰しながら一人が云った。
「あろうと、なかろうと、ああああっ」
山内は、大きく欠伸をして
「つくづく、厭になって参った。これが、京の藩邸詰なら、弁慶ではないが、夜な夜な出でては、人が斬れそうだ。今度は、所司代が、会津の容保《かたもり》と、更《かわ》るそうだが、此奴は、きっと、市中取締が手厳しくなろう。すると、諸国浪士共が、じっとしていまいし――」
一人は、その少し下、右手の方に、形ばかりの祭壇を作って、石の如く、うずくまっている牧仲太郎を、じっと、眺めていたが
「然し、牧殿の修法は、人間業ではない」
と、低いが、強く呟いた。
「もう、人の容《かたち》をしていないではないか、痩せて」
「狼の眼だのう。底の方から、何か、鬼気が、迸《ほとばし》るように――声はかれたし、足腰は立たぬようだし、よいよいの歩くように、それでいて、歩き出すと、歩くし、何うだ、あの修法中の凄まじい懸声は――」
「然し、ああなると、いかに、兵道の妙技を極めているにしても、もう、長くはあるまいぞ。今朝の水垢離の時に、裸になるのを見たが、この辺が――」
と、云って、一人は、肩から胸を指して
「一本一本、骨が見える。頬がこけて、そら、何んとかいう魚に似てきたぞ」
「餓鬼だのう」
一人は、じっと、牧の方を眺めていたが
「大分、長いぞ、俯向いたまま――死んだのではなかろうか」
「近寄ると、叱られるぞ」
「然し、これで、験があるのかのう」
「あるの、ないのと、現に、お世嗣が、次々に亡くなっているではないか」
「そうだのう――あの凄い眼を見ていると、いかにも、あの眼で、呪われたなら、死ぬという気がするのう」
「人が参る――侍が」
と、一人が、後方を振向くと云った。山内と、他の一人が、振向いて
「近寄らんように云え」
と、云った。一人が、立上って
「来てはならん」
と、手を、左右に振って、叫んだ。だが、その人影に、聞えぬらしく、三人の方へ、足早に、近づいて来た。
「京からの、使ではないか」
「さあ」
「おーい、こちらに参ってはいかん、来てはならん」
二人で、手を振った。侍は、立止まった。そして、笠へ手をかけて、じっと下を眺めた。
「聞えた」
「あちらへ参られい、あちらへ」
一人が、口へ手を当てて叫んで、右手の方を指さした。侍は、佇んで、牧の方を、じっと、眺めていたが、一足踏み出すと、その歩んで行く方角が、牧の方へ向った。
「倉田っ」
と、一人が叫んで、刀を押えて、走り出した。山内が
「使かあーっ」
と、怒鳴った。一人の侍と、倉田とが、走り上って来るのを見て、侍は、編笠を取った。白い鉢巻が、はっきりと現れていた。手早く、襷をかけた。山内が
「おおっ」
と、叫ぶと、さっと、顔を赤くした。そして
「油断すな。おうーい、小太郎だ。油断すなっ」
と、叫んで、襷をかけながら、走り出した。
二人の警固の人々は、山内が
「油断すな」
と、叫んだから、相当の腕の男だ、とは思った。然し
「小太郎だ」
と、叫んだ意味は、わからなかった。山内は、叡山での、小太郎の腕を知っていたが、二人は、それに就いて、見たこともないし――ただ、八郎太斬死の噂を聞いているだけであった。そして、二人は、二人ながら、相当の使手であったがゆえに、二人を、小太郎よりも劣ったように考えているらしい山内の言葉に、反感をもった。それで
「去れ、去らぬと、斬るぞ」
と、一人は、叫んで、刀へ手をかけたし、一人は、もう抜いてしまって、山内が、もし近づいたなら――斬りかかったなら、それよりも早く、小太郎を斬ってやろうと、足も、腰も、十分に構えていた。
「貴殿等に、用はない。牧を討てばよい」
「去れと、申すに」
「去れと申すのが、判らぬか」
小太郎は、山内の近づくのを見て
(三人を対手にしては、面倒だ)
と、感じた。だが、なるべく、斬りたくない、とも思った。それで、口早に
「不忠者っ。御当代の公
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