て、斉彬の顔を見ようとして、眼を上げると、その眼を、斉彬は、鋭く、見返した。そして
「吉之助、お前は、わしが居らんと、何も出来ん男か?」
 と、鋭く――それは、吉之助も、誰も、今までに聞いたことのない鋭さと、力とが入っていた。吉之助は、斉彬のその言葉と、その眼とに圧倒されて
「はっ」
 と、云って、頭を下げた。

「浪人共は、わしが居らんと、勤王が出来んのか?」
 吉之助は、黙って、耳を、頸を、赤くしていた。
「わしが死ぬと、お前達は、何もしないで、手を束ねているのか? わしがおらんと、わしの志したことは出来んのか?」
 斉彬は、口早に、鋭く畳みかけた。
「幾度申しても、わしの心が判らんな。わしの富国策が、理解できんの。一蔵、お前も、未だ出来ておらんか」
 一蔵は
「はっ」
 と、云ったまま、黙っていた。
「わしは、こういううちにも死ぬか知れぬ。又、定命から申しても、お前達より早い。もし、わしが死んだなら、島津を守立てて行く者は、誰じゃ。もし、天下に大難が来たなら、それを防ぐ人材が他に無かったなら、その難に赴く者は誰じゃ。わしの亡き後、わしの志を継ぐ者は誰じゃ。お前達は、わしを、えらいというが、わしは、お前達をえらいと、見ておる。わしの志を継いでくれる者は、お前達軽輩で、お前達が協力してくれてこそ、わしの志が達しられるものだと、わしは、それのみを望みにしておる。わしは、多くの事に、ただ目安を造っておいた。それを成就させるのは、お前達ではないか? 目安を造ったのはえらいかも知れぬ。然し、わしの造ったものは、いつか誰かが造るべき――つまり、天下の勢いの赴くところ、赴く点に置いた目安で、わしが造らずとも、誰かが造るもので、決して、わし一人の力が、天下を導こうとするのではない。お前達、わしが、廟堂に立ったからとて、この徳川の頽勢を盛り返し、尊王論を絶滅できると思うか。又わしの志す、富国強兵の策は、幾度も申す如く、理化学の道じゃ。無より有を生ぜしめ、古陋《ころう》を捨てて、新鋭につくの法じゃ。この道こそは、協力一つ。わし一人の力で、何んともなるべきことではない。調所も協力してくれた。久光も、してくれた。異国の書物も、掛の者も、衆智を集め、衆力を集めて――お前達、一目見れば判るであろう。磯浜の反射炉、大砲、紡績機、硝子製造、これら悉く、財力と、智力と、衆力と、決して、わし一人の力で出来たものではない。一人の力で、天下の重大事、国の大事が出来ると心得ておるようでは、これからの時勢に遅れるぞ。わしが無うても、わし以上にやる、という心が無うて、その若い者が、何うする。お由羅を討つの、将曹を討つのと、何故、志が、そんなに狭い。何うして、そう小さい? 何故、お前達一同が、わしにならぬ。わし以上にならぬ。わしに恐れ、わしを尊び、わし以上に出られん、と心得ているようなことで、何うするのじゃ。お前達、軽輩二十人で、天下の難に赴き、日本を双肩に――いいや、吉之助一人、一蔵一人、岩下一人で、天下を双肩に負うくらいの覚悟が無うて、何うする? わしは、お前達が、悉く、その決心で居るとおもうていたに、何事じゃ」
 吉之助も、一蔵も、俯向いたきりであった。斉彬に、いろいろ云おうとしていたことが、だんだん小さく、薄く、そして、消えてしまって、その代りに、斉彬の言葉が、頭の中の壁に、胸の中に、肚の底に、血管の中へまでも、毛髪の末へまでも、沁み込んできた。斉彬は、又、鋭く
「一同の者に申せ、心得がちがうぞ、とな。集まっている者が聞かずば、悉く、ここへ連れて参れ。参るのが厭なら、わしの申すことが判らぬなら、天下を背負って立つ底の志がないなら、わしの家来ではないから、切腹して死ね、とな。将曹、平と、刺違えるような馬鹿者は、斉彬、家来と思わんとな」
 と、云った。
「はっ」
 吉之助は、いつの間にか、膝の上へ、涙を落していた。

 遠くから望んだ生駒山は、広々とした草原の傾斜を、展開させていた。
(あれが、山相相似ているというのか?)
 小太郎は、半分逆上しながら、父と共に登って行った比叡山の、小篠《こざさ》の細径を、想い出した。
(似ていると云えば、叡山の頂上も、草原であった――然し――)
 小太郎は、警固の人を斬り、父の傷ついた、篠竹《しのだけ》の深いところは、瞭乎《はっきり》、想い出せたが、頂上の草原は――草原であったような、無かったような、広かったような、そうでなかったような、そして、自分のそこでしたことは、見残した夢の如く、茫乎《ぼんやり》として、水の影の如く薄れて――ああしたことを、この自分が、本当にしたのであろうかというように思えた。
(あの時も、警固の人数の計算を誤った。今度も、三人というが、果して、三人か?――三人だけとは考えられないが――)
 来る道で聞いて
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