った。もし、お前達が、その中の誰一人でも討ったとしたなら、わしは、父に対して、何うしていいか? もし、父上が、あれも処分せい、これも処分せいと仰せられた時、わしは、何うなる、何うすればよい? 又世間から見て、父の処分したのが、あれだけ厳重であるのに、斉彬は、あれみよ、己のために、軽輩共が、上も恐れず重臣を殺したのに、あんな手ぬるい処分しか出来ぬかと、云われた時、わしは何うなる? 吉之助、一蔵――お前達の命と、豊後や、将曹の命と、かけがえになるか? お前は、何んと思うておる? 岩下。十人の将曹よりも、一人のお前達と、頼んでいるわしの心が判らんか? 軽々しく、彼等と刺違えて死ぬような安い命か? そんな安い命と、お前達は思うているのか? お前達、徒党の三四十人が、島津を背負って立つのだとは、思わないのか? わしが、常、日頃よりお前達を頼みにしていることが、未だ得心行っていないのか? 天下のために、わしのために働かなくてはならぬぞ、というわしの言葉を、何んと聞いていた? もし、軽挙妄動をして、父上から、血判した奴等悉く切腹させいと、命ぜられたなら、今まで、わしが、お前達を育ててきたことが、根こそぎ、潰れてしまうということが、判らぬか? お前達が、死んだなら、島津の家に誰がいる?」
「然し――」
 呼吸のつまるような声で、吉之助が、云った。
「何んじゃ?」
「はっ」
「申してみい」
「はっ――手前達、五十人、百人集まりますよりも、お上御一人の方が、日本のために、天下のために――何れだけお役に立ちますか? そのお上に、仇を致します奸人共を討つに、吾等の十人、二十人、物の数では、ござりませぬ――」
「大間違い」
 と、斉彬が、云った。
「はい」
「それは、違う、大きに違う」
 四人が、俯向いて、膝へ手を置いた時、襖の外で
「坪井芳州、参上仕りましてございます」
「許す」
 吉之助は、斉彬のその声に、顔を上げて
「お上は、お身体が、お悪うござりますか」
「少うし――」
 そう云って、吉之助へ微笑した斉彬の顔には、熱の高そうな眼の濁りと、うるみとが、あった。芳州が入ってくると
「風邪でもひいたのか、少し、熱がある」
 と、云って、手を出した。
「拝見仕ります」
 芳州は、左手をついて、右手で、じっと、脈を見た。

「お前達は、天下のことを、一人の力でなせると思うている。一蔵」
「はっ」
「わし一人の力で、天下の大事がなせるような口吻《こうふん》じゃ。これは、大きにちがうぞ。岩下、お前一人の力で、先刻申す、奸党を斬るということが、出来ないように――又、一人の阿部伊勢、一人の井伊|掃部《かもん》が、幕府の頽勢《たいせい》を支えきれぬように、如何に、一人のみが、傑れておろうとも、周囲に人がなく、天下に勢いがなければ、何事をも為し得ぬものじゃ」
 芳州が
「お横に――」
 と、云った。一蔵が
「お枕」
「いいや、いらぬ」
 斉彬は、帯をゆるめると、そのまま、手枕をして、横になった。芳州は、胸を開け、腹を按じ、叩き、撫でして、診察して行った。
「難かしそうだの、芳州」
 芳州は、指先で、腹を強く押えながら
「はい」
 と、強く、答えた。四人が、芳州の横顔を見た。
「風邪か」
「いいえ、風邪のお熱とは、心得られませぬ。心熱が烈しゅうござりまして――然し、御疲労のみでもなかりそうに心得まする」
「それでは、牧の呪いかの」
 と、斉彬は、微笑した。芳州は、手を止めて
「朝稲三益殿、清水義正殿と、立会い致しとう存じまする」
 と、云って、衣服を直しかけた。斉彬は起き上って、自分で、衣服を合せて
「呼ぶがよい。少し、この者等と、話があるゆえ、二人が参ったなら、次の間で、待っておるようにの」
「はい、心得ましてござります。お暇頂戴仕ります。すぐお薬湯を――」
 芳州は、御叩頭して、退ろうとした。
 吉之助が、呼吸を喘がせているような、せきこんだ口調で
「芳州殿」
 と、呼びとめた。芳州は、片膝を立てたまま、吉之助の顔を見た。
「立会いなどと、お上の御容体は、そんなに――」
「いいや、念のため――」
 斉彬が
「案じることはない。芳州、退ってよい」
 芳州は、礼をして退った。斉彬は、脇差を差そうとして、膝の上へ置いて、それをいじりながら
「頼朝も、秀吉も、一人の力で、天下をとったのではない。まして、近頃の時勢は、下に権力が移ろうとして、上が、腐敗しかけている。何れの一つが因になっても、天下は変動する。これを制するのは、一人の力で及ばぬことじゃ」
「然し、その下を導き、時勢を導く人が、大切にござります。諸藩の有志は、その、戴くべき人として、お上を目指しておりますし、吾々共も、お上一人のお指図により、お力により、動こうと致しております。又――」
 と、吉之助が云った。そし
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