のくせに、尊王の、倒幕のと、いいおって、阿呆じゃ。それから、小太郎に逢うてのう――河内と、大和の国境に、生駒山という山がある。ええか、生駒山、生ける駒、馬と書く」
「生駒ね、はい」
「その山相、山の姿、山の形だの、それが、この頂上の四明に、よく似ている。わしが、牧に、四明での修法を断った上は、近畿の山では、生駒山の外に、同じ山相の山がない。鞍馬、愛宕でも、修法をするであろうが、第一の修法は、同じ山相の山で行うのを、秘呪の法としておるから、必ず、この生駒の頂へ参ろう。四方|広濶《こうかつ》にして、山頂は草原――」
「四方広濶にして山頂は?」
「草原」
「よく判りました」
「必ず、牧は、この山へ参ろうから、余のところを捜さずとよいと、小太郎へ、伝えてもらいたい。わしゃ、忘れていてのう、云うのを――今、思い出したから、言伝けるのじゃが――手紙を先に、小太郎を後にの」
「早速、それでは――」
と、云って、南玉が、立上った。庄吉が
「師匠」
と、呼んだ。
「おいの」
襖が開いた。庄吉は、義観へ、お叩頭をしてから、南玉に
「若旦那に、くれぐれも、御用心なさってと、の――首尾よく牧をお討取りなさいますのを、祈っておりますって――」
「よしよし――お嬢さん」
南玉は、そう云いながら
(又、この娘さんを心配させることが一つ増えたが――)
と、思うと、心がしめってきた。だが
(これさえ済めば、からっと、晴れ上るんだ。深雪さんも、庄公も、わしも――)
と、思うと、何かしら、天の配剤というようなものがあって、これ以上に、仙波の一族へは、苦しみが、悲しみが、かからないような気がした。
(この義観って坊主が、天狗みたいな奴で、こいつが、平気な面をしていりゃ、俺達安心していいんだ)
と、いうような気がした。深雪が
「よろしく、と――何も、申すこと、ございません」
と、云って、俯向いた。義観が
「心配すな、牧は落ち目で、小太郎は上り目じゃ。寒いから、お粥にしようかのう」
「深雪さん、お、お粥を食って、待っていなせえ、一っ走りだ」
と、云って、南玉は、笑いながら脇差を差した。深雪も、淋しく笑った。義観が
「うまいお粥を食わしてやろ」
「ついでに、東山の土鍋を、買って参りましょうか、和尚さん、あはははは」
斉彬の居間へ近づくに従って、吉之助の心は――それから、その大きい身体さえ、顫えてきた。
それは、命を賭けた恋人に逢う気持のようでもあったし、自分を育ててくれる神、自分の縋ろうとする大きい力、世の中の称讃を一人で受けている英雄、智慧と、慈悲との権化のような主君――そして、自分のような、軽輩に、目をかけてくれる人――そういう感じが、深い、強い感激となって、肌が締ってくるように感じた。
前へ行く岩下佐次右衛門も、後方につづく吉井仁左衛門も、今まで同志と共に、将曹を討つために、興奮していたような態度は、何処にも無くなって、俯向いて、足音さえ立てないようにして、歩いていた。
(御帰国早々に、何事であろう?)
吉之助は、自分達の謀が洩れたのだとは思えなかったし――そして、御帰国のその日に、恐らくは、国許の重臣達さえ、未だお目通りをしていないと思われるうちに、召出されたということに対して、何う考えていいか?――
(然し、何か、大事なことであるには、ちがいない)
廊下がつきて、一段高くなった。先へ行く侍が、その高くなったところから又つづいている廊下へ坐って、部屋の中へ
「岩下佐次右衛門殿、西郷吉之助殿、吉井仁左衛門殿、大久保一蔵殿、罷り出ましてござります」
と、云った。四人は、廊下へ坐って、頭を下げた。部屋の中から
「お進み下さるよう」
と、云った。四人は、廊下から、膝で歩いて、敷居の内へ入った。その部屋の左手に、斉彬が居るらしく、二人の侍が、次の間との間の襖へ手をかけて、左右へ開いた。四人は、平伏した。
「近う、ずっと近う」
四人は、それが、斉彬の声であると、判ると、姿は見えないが、身体中に、寒さを感じながら、平伏してしまった。
「内談がある。ずっと、近う」
「はっ」
岩下が、口の中で、答えた。そして、身体を、左手へ向けて、斉彬の居る部屋の方へ、膝を動かした。侍が
「ずっと、お進み下さりますよう」
と、云った。四人は、平伏しながら、膝で、少しずつ進んで、次の間の敷居を入ると、又、平伏した。そして、岩下が、斉彬のいると思える正面へ
「麗《うるわ》しき御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じ奉ります。早速、拝謁仰せつけられ、冥加至極、恐れ入り奉ります。某は、岩下佐次右衛門にござりまする」
「某は、西郷吉之助――」
「心得ておる。早速参ってくれて、忝《かたじけ》ない。ちと、密談があるので、ずっと、これへ進んでくれい。伝次、襖を閉めて――」
侍が
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