」
左源太は、涙声で、こう叫ぶと、吉井の手を握った。
「助ける道は無いかっ、吉井」
吉井は、老いた顔に、涙をいっぱいにしながら
「わしゃ、な、床下から、天井から、這い廻って来た。良伯も、敦子も、よくしとるが、名越」
吉井は、立ったまま、名越の手を握りしめて
「この腹一つ切って、代えられるものなら、わしの孫子が、身代りになれるものなら――」
「そうじゃ、吉井、わしらの一族と代れるものなら――」
二人は、立ったままで、泣いていた。その部屋の近習共は、俯向いたまま、泣いていた。
朝と、夕と、秋風の立っている山の中は、もう、単衣《ひとえ》の重ね着でさえ、冷たかったし、薬湯を煎じている炉の火が、うれしかった。
深雪は、古びた土瓶の中へ、薬草を入れて、松の小枝と、松葉の枯れたのを、炉で焚いて、煮出していた。
(いつまでも、こうしていたい)
深雪は、もう忘れてしまった程長い前――それは、決して、そんなに長い時間ではなかったが、余りにも、幼い女の身にとって、次々に起った烈しい事件に――そうした、姉と、母とで――今、こうして、土瓶を凝視めて、炉の下の、火加減に、心を配っているように、いつかの日、楽しく、食事ごしらえを手伝った、夢のような、昔のことを思い出していた。
(もう一度、こんな静かなところで、母と、姉と、三人で、こうして、炊事のことでも、出来たら――)
深雪は、悲しくなってきたし、淋しかったし――だが、自分のために、死にかかった庄吉のことを思うと、庄吉のために、こうして、薬の世話をするのも、唯一つの、庄吉への恩返しのように思えた。
(庄吉でなく――)
深雪は、ふっと、庄吉でない、外の――自分の夫と定まる人のために、こうしているなら、何んなに楽しいか?
(その夫が、月丸を討ってくれて、そして、妾が、こうして介抱して、だんだんその人は、よくなって行って――)
深雪は、そうした空想を暫くしていたが
(気の毒に――庄吉は――)
と、思うと、庄吉のために、こうして、長い間、世話をしていてもいいような気もしてきた。
(庄吉が、あんな前身でなかったなら――何んなに、身分が低うてもいいから、武士だったなら――)
深雪は、決して、庄吉を嫌ってはいなかったが、前身のことを思うと、すぐ、踏み止まって
(心を許してはならぬ)
と、思った。
「代りましょうかな」
と、南玉の声がした。
「いいえ」
だが、襖が開いて、南玉が
「手前にも、出来ますよ。何うも、めっきり冷とうなりあがって、京は冷えるってが、本当に、ぞくぞく冷えやがる。冷《ひ》え山《ざん》なんて、ここから出たのだろう」
と、喋りつつ、炉のところへ、坐った。
「火が、弱いじゃござんせんか」
「いいえ、このお薬は、松の葉か、馬糞がよろしいので、ございますって。炭火などで、かっと、煎じては効がないと、義観様、いろいろと、焚き物のことを教えて下さいましたが――お師匠さん、お粥は、土鍋で、松の木で炊いたのが、一番おいしいそうでございますって。そして、その土鍋も、京の東山の、陶清の、分厚なのがいいって。だから、ここのお粥は――」
「六十になるまで、お粥のことばかり、試して来たんだからの、あの義観和尚。和尚がお粥でくりゃ、俺、梅干で行かあ。梅干あ、五月一日、巳の一点に、下から数えて、十番目の枝の、端から数えて五番目の実をもいだのが、一番うまえ――」
「ああ、お帰り――」
と、深雪が聞えて来た足音へ呟いた。
「さあ来い、お粥坊主」
勝手口へ、義観が現れて、南玉を見ると
「ああ、南玉、小太郎のところへ、すぐ行ってもらいたい」
「へっ、お粥の講釈にな」
「何?」
義観は、炉の中の火加減を見て
「おお、上出来、上出来、半分に煮つまったかな」
と、云って、土瓶の中を、のぞきこんだ。
「なるべく、急いで――駕を云うからの」
義観は、そう云って、硯と、紙とを取出して、書き出した。
深雪は、煎じた薬を、布でこして、湯呑へ入れた。そして、次の間に臥ている庄吉の枕頭へ来ると
「済みません」
と、云って、庄吉が、見上げた。そして、起き直ろうとして、力の入らぬ、未だ痛む身体を動かすのへ、深雪は
「無理をしないように――」
と、云って、支えたり、抱えたり――庄吉は、触れまいとする肌に、暖かさに、匂に、柔かさに触れながら――快く感じて
(病気なりゃこそだ)
と、思ったり
(意地|汚《きたね》えことを考えるな)
と、自分へ、叱ったりした。
「もう、大丈夫――」
「人間、死損うと、なかなか、くたばらねえもんでげすよ。これで、二度だ。三度目は、何うやって、くたばるか――」
と、呟いて、湯呑に、口をつけると、義観が
「清水寺に、月照という坊主がいる。それへ、この手紙を届けて。返事はいらん。此奴、坊主
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