らしいが、わしらは、それを一子相伝、家門不出の秘伝として伝えてきた。そして、兵道の秘伝以上の異国の不可思議が、誰人にも、修得できるような時代になってきて――わしらの兵道は、何うなるのか?)
牧は、黒船の来襲を聞き、その船の造りを聞き、斉彬の理化学的製作品を見た時、己の信ずる兵道以上の不思議なものを、感ぜずにおられなかった。そして、それを感じると同時に、己の兵道にて、それらを圧倒しうるか、何うかを考えて
(古来のままの兵道では、何うにもならぬかもしれぬ――)
と、考えた。だが、何うしていいか、ただ、己を苦しめて修練に修練を重ね、極度に、精神力を発揮することだけしか修業して来なかった兵道家にとって、談笑の中に、数町を距てて音信を通じ、器物によって、真正のままの肖像を写す不思議を見ては、三十年、四十年の長年月、暑熱に耐え、厳寒と闘って修業して来たことを、根底から、覆《くつがえ》されているとしか思えなかった。
(斉彬の信じる如く、異国の奴等は、えらいのかも知れぬ)
牧は、傾いて行く陽も、感じぬらしく、じっと、考え込んでいた。
(然し――然し、ここで破れては、ここでひるんでは――疑い、怯ける心は、何よりも悪い。愛宕で、鞍馬で――そうだ。兵道家が、最後の祈り、牧仲太郎が、命をかけての修法――斉彬の異国化学が勝つか、日の本秘伝の兵道が勝つか?――」
牧は、立上って
「下山」
と、いった。三人が
「ええ?」
と、聞くと
「勘定をすまして――」
と、いいすてて、道へ出てしまった。
巷の音
燭台が、明るく、金地の襖を、磨きのかかった柱を――それから、酔った人々の顔を照らしていた。
「愉快、愉快、愉快、我輩は、舞うぞっ」
と、一人が、怒鳴って、刀を、どんと突き立てた。
「とにかく、将曹、平等、君側の奸を、先ず血祭として、それをだ、まず、軍陣の血祭として、而《しか》して、斉彬公を盟主として、討幕の師を、雷発させるんだ。ええか――」
一人は、真赤な顔をして、扇を、膝の上へ正して
「長歌」
と、叫んだ。
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鳥が鳴く、東の国に
行き向い、千々の心を、尽しつつ
荒びなす、醜《しこ》の醜臣《しこおみ》
打ち払い、功業《いさお》立てなむ
真心は、霞と共に
大空に立渡りける
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「よう、よう」
と一人が、叫んだ時、
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君不見《きみみずや》、方今天下転変の状
内外上下|都失倫《すべてみちをうしなう》
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「ちぇすとうっ」
「舞うぞ」
と、叫んで、有村が、影の閃く如く、座の真中へ出た。そして
「よーうっ」
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従是《これより》、当取断一字《まさにとるべしだんのいちじ》
断行直《だんこうただちに》、使避鬼神《きじんもさけしむ》
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灯をうつして、刃が、橙色に光を放って閃いた。畳が、壁が、時に柱までふるえたし、人々の懸声と、拍手と、叫び声とに、遥かに距てている往来の人さえ、足を止めて、この宿の二階を見上げた。
「そうだ。断の一字あるのみ」
「断の一字あるのみ」
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英雄|胸膈非無策《きょうかくさくなきにあらず》
当見《まさにみるべし》、赫々邦家新《かくかくほうかあらたなるを》
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「新七、うまいぞっ」
「ちぇすとう」
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勿言大業機未到《いうなかれたいぎょうきいまだいたらずと》
精神一発|起皇風《こうふうおこる》
況又大勢由人事《いわんやまたたいせいじんじによるをや》
宜将一死先群雄《よろしくいっしをもってぐんゆうにさきんずべし》
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「然り然り、ただ一死を以て、天下に先んずるのだ」
「まず、奸賊を倒して、吾が藩国を浄め、次に、王事に任じて、皇運の挽回に従うべし。益満、舞えっ、益満」
益満は、柱に凭れて、笑っていた。そして、側の、平野国臣に
「この元気が無うては、何事も出来んが、この元気のために、事を誤るものも多いでのう。斉彬公が又、鬱勃たる大勇を、深く蔵して発せられん方ゆえに、この元気を利用もしたいし、斉彬公の御意に反くこともできぬし、ここをうまく操るのは至難の業でのう――ただ、西郷吉之助と申す者が、ややその器であろうか――御存じか?」
「名を承わっておるが――」
「一度、お逢いになるといい」
女中が、益満のうしろに来て
「仙波小太郎様が、お見えになりました」
と、云って来た。
「下の部屋へ――」
「同志か?」
「例の、牧を討とうとしておる男だが――」
「牧は、未だ討てんか」
「いや、近々、討てる。この近くにおるらしいから、暫時、御無礼」
と、云って、益満は、立って行った。一座には、酔った声の、詩吟と、琵琶歌と、議論
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