な」
 牧が、金包を義観の方へ押出して、
「軽少ながら、倅への読経料、お収め下さいますよう――せめて、水ぐらいは、お供して行って手向けてやりとうござるが、子は父の心を知らず、父は又、父の情に欠けたる者、何卒、御僧において、拙者の代りとして、よろしく、冥福をお祈り下さるよう――」
 静かに云って、軽く頭を下げた。そして
「参ろう」
 と、三人に云って
「暫く、お山を拝借仕ります」
 牧が立上った。一人の士が、鳥目を出した。牧は、編笠へ手をかけた。そして、四人が立上った時
「山を借りるとは?」
 と、義観が、牧を見上げて云った。

「山を借りるとは、修法《ずほう》のためかな」
 一人が
「左様」
 と、答えた。
「牧殿」
 牧は、名を呼ばれて、じっと、義観を見たし、警固の人々も、編笠を手にしたまま、油断なく、義観を見守った。
「あの火炉の形は、三角でござったのう」
 そう云って、牧の眼を、じっと見上げた義観を、牧も又、無言で、凝視めていた。
「三角の、鈞召《きんしょう》金剛炉は、何を祈る時に用いるものか。それを知っていて、山を貸すことは、出来んのう」
「何っ」
 一人が、一足踏み出した。
「山内っ」
 牧が、叱った。そして
「御尤も」
 と、頷いた。
「然し、呪咀も、時により、事により、人によって――」
「いや、いやいや――」
 義観は、首を振って
「斉興が当主ゆえ、その方の命にて、斉彬を呪ったとして、斉彬が当主となりゃ、これ、主殺しに当る――」
「人事の推移の如き末の末でござる。われらは、兵道の威法を示して、天下にこの法有るを知らしむれば足りる」
「物の顕現は内発による。強いて現そうとして、現す者は、常に邪道に陥る」
 義観は、牧を見上げて、その眼を、じっと、睨みつけていた。
「この山は、貴様のものか」
 と、山内が、怒鳴った。
「ああ、わしのものじゃ」
「何処に、貴様のものじゃという証拠があるか」
「わしのものでない、という証拠が、何処ぞにあるか?」
「何?」
「出してみい」
 牧が
「山内っ」
 と、又、叱った。そして、
「以前、この頂上にての修法が、乱暴者のために妨げられましたが、それをそのまま棄ておくことは、兵道家として、天に対して、恐れあり、枉《ま》げて、三五夜頂上を許して頂きとうござるが――」
 と、云って、又、床几へ、腰を、静かにかけた。
「あの時のお供は、三十人余り――暫くの内に、世の中は、変るものでござるのう」
「人の心が――」
 牧は、冷たい微笑をした。
「お心は、よう判る。月丸へ手向の水一つやられん心も、よう判る。又、貴殿が亡くなられたなら回向して進ぜようとも思う心もあるが、修法は、許せん。貴殿が、是と信じていることは、わしの非とするところ、この是非得失は、論じても了《お》えまい。山は、当所だけでなく、愛宕も、鞍馬もある。所信を曲げん以上、他所の山のことへまで、口は出せんが、斉彬を苦しめることは、ようないことで、ござるのう」
 牧は、誰に、云われるよりも、この初見の僧に、こう云われることが、辛かった。それで、腕を組んでいると、義観は金包を、山内の袖の中へ、投げ込んで
「金は、いらん。後生は、よく弔うて上げる。もう、長い命でもござらぬぞ。あったら俊才を、惜しいことしてのけるのう」
 と、牧の顔を見ながら立上った。

「無礼なっ、何を致す」
 山内が、赤くなって、こう叫びながら、袂の中から、金包を掴み出した。だが、義観に渡すのも、おかしいし、自分で持っている訳にも行かず
「牧殿」
 と、云って、差出した。
「うむ」
 牧は、頷いただけで、義観の立去って行く後姿を見ようともせずに、じっと、腰をかけたままであった。四人は、暫く、黙っていた。義観の後姿は、杉木立の中へ、草の中へ、現れたり、隠れたりしつつ、小さくなって行っていた。一人が
「あの坊主は、当山でえらいのか?」
 と、亭主の顔と、若い僧の顔とを見較べて聞いた。
「はい――なあ、良順さん、お山じゃ一番だろうの」
「うむ」
 と、僧が、頷いた。そして
「又、明日」
 と、亭主に、挨拶して立上った。
「先生、寺務所へ掛合って、今一応、交渉を致してみましょう」
「要らぬ」
 牧は、首を振った。
(ここ一年の内に、一切の物が移ってしまった――わしの兵道が、よしその効験を現そうとも――眼前に、それを顕現しても、最早、人々は、信じないかも知れぬ。わしが命を捨てての修法も、ただ人に侮りを受けるだけのものになるかも知れぬ。兵道で尚《たっと》ぶところの、以心伝心などということに、誰も興味を持たなくなった。神人相通の術などと云っても、判らなくなった。時勢であろう? 斉彬公の究理している電気術の如き、その理論を口にし、文にして、如何なる凡夫と雖も、これに通じ得、学習することができる
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