匠は、酔うといかん」
貴島は、手を振り放して
「仮令《たとい》、斉彬なりと雖も、又、益満の命なりとも、開国説をとるなら、わしは、反対じゃ――」
「妾の命でも、反対か」
富士春は、膝を崩して、又、手を取ろうとした。
「拙者と、嘗めよう、お春殿」
と、褌一つのが云った。富士春は、じろっと見て
「もう少し、鼻を高くしておいで」
一人が
「師匠、淫らなっ――益満の留守に」
と、叱った。
「おやっ――」
「酔うといかん」
「妾が?――酔うている?――い、いつ酔うた?――妾が、間男でもしたというのかい?――したって何んだい、間男ぐらい」
「斉彬の真意は判らぬが、薩州の急進党は、攘夷を以て、討幕を口実にしようとしているが、幕府を討つ口実としては、開国は、違勅であるという、この一本槍で――」
「何が、一本槍だい。二本差っ、大の男のくせに、あっちいくっついたり、こっちいくっついたり、昨日まで、公方様の家来であったくせに、今日は寝返りを打ったり、憚りながら、富士春は、意地ってことを、知ってるよ――いい加減なことを云って、休之助め、京女郎と、ふやけくさって、間男が、何んだい――手前勝手な」
浪人達は、初めて見た富士春の酔態に、持て余しながら
「師匠、先に寝たら、何うじゃ」
「人のことを、かまう柄かい。居候浪人」
「何?」
一人が、睨みつけた。一人が
「馬鹿っ、酔っ払いに」
と、たしなめた。
「威張るな、貴島――小太郎を、連れて来い、小太郎を。あちきの好きな小太郎を」
富士春は、脣をなめて
「そりゃ、いい男だからねえ――鼻べちゃ、お酌」
「そう飲んではいかん」
「だ、誰の、お鳥目で買ったお酒だい。余計な世話やくから、だんだん鼻が、低くなるんだよ。こ、今夜から、釘抜で、挟んで寝るがいいや」
「心得た」
「笑ってるよ、この人は。笑うと、鼻まで笑うね」
「斉彬は、何処までも、公武合体で行こうという肚らしいが――」
「斉彬は、何うでもいい。賢明と云っても、殿様育ちにすぎん。吾々の目指すのは、薩摩の金だ。薩摩軽輩の奮起だ。益満の書状によると、姉小路卿が、いつでも立つ、というが――」
「薩州の公武合体論も、手ではあるまいか。江戸と、京都との、模様を探る手だと、わしはおもうの。益満の行動を見ると判る。策謀、又、策謀だ」
「そうだ。もし、疑うならば、薩州が、天下をとる野心かもしれぬ」
「いいや、斉彬は、そういう人物ではない」
「そりゃちがう。海軍奉行、勝麟太郎を、京都へやったのは、公武合体のためでなく、開国説を公卿間に吹き込むため、斉彬と打合せて行ったという話がある」
「それでは、斉彬は、一体、どういうのか、既に、イギリス艦を、ぶっ払ったではないか」
「そのイギリスと、手を握ったではないか」
「だから、判らんと申すのじゃ」
「そうさ、男の心なんか、判るものかい。庄吉の野郎め」
富士春は、酔ってしまったらしく、眼を閉じて、首を傾けてしまった。
「そこが、斉彬の賢明なところで、既に、異国と同じ船を造るようになったと申すではないか」
「船は同じでも――船で戦うのではない。武で戦い、魂で争うのだ」
「それは、そうだが、長篠の戦いに、武田の精兵が、織田の鉄砲に、打ちすくめられたように、異国の兵器は侮れん。斉彬が、その点へ眼をつけているのは、えらいではないか」
「そうでない。彼の祖父の重豪《しげひで》と同じで、今に、男女共、口を嘗めろ、と、悉く、異国の真似をするようになる」
富士春が
「犬を嘗めろ、鼻べちゃ」
と、呟いた。
「聞いてたか」
「酔っちゃ[#「酔っちゃ」は底本では「酔っちや」]いないよ」
富士春は、身体を一揺りすると、横になってしまった。
「俺には判らん。万事、京から、益満が、戻った上にて、進退を決しよう。話の如く、江戸を荒して、幕府と一戦すると申すなら、命をすてて、勤王の魁《さきがけ》をするし、又、変節してくるなら、吾々同志は、すぐ様、京へ上ろう」
「そうだ」
「薩州も、斉彬も、益満も、判らん」
「そういうものは判らんでもよい。吾等期するところは尊王攘夷」
「そうだ、前途程遠し、思いを禁裏勤王に馳せ、か」
「叱っ、隣りへ聞える」
と、一人が制した。一人が
「寝たらしい」
「貴島、二階へ、運んでやれ」
「女の沙汰かっ」
と、貴島が、鋭く云った。
牧仲太郎が、手を叩いた。
「はい」
次の間で、返事があった。
「山内を――」
「山内様は、先刻、お出ましになりましたまま、未だお戻りになりませぬ」
京都下河原、二階堂志津馬の寮の、一部屋であった。狭い庭であるが、鞍馬石に、木竹を配して、巧妙に布置されてあった。牧は
(山内も、家中の、尊王熱に浮されて、京の街を、歩いているのであろう)
と、思った。
(あれは、自分の腕を、人に、己に、見
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