家中のみでなく、幕府も、他藩も――それよりも、この心の中の、いろいろの苦しみ――子を失い、父と争う苦しみ――己の儲けた金でない金をもって、成るか、成らぬか判らぬ仕事をしている苦しみ――久光、お前だけが判ってくれるであろう」
「はい」
「お前は、泣いているの――わしは、泣きもできぬ」
だが、斉彬の声も、曇っていた。
「この外に、未だ未だ、有為な者がおろう。いずれ、帰国して、調べて、又、残しておこう」
斉彬は、そう云って、書付を、久光の前へ、披げておいた。久光が、手にとると
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大目付|軍役《いくさやく》 新納《にいろ》刑部
船奉行教育 寺島陶蔵(後の伯爵外務卿、寺島宗則)
船奉行 五代才助
右カビテン視察の事
開成所掛大目付 町田民部(後の久成、元老院議官)
小姓組番頭 村橋直衛
当番頭 畑山良之助
同 名越平馬
右陸軍学研究の事
開成所訓導 鮫島誠蔵(後の尚信、フランス公使)
右文学研究の事
医師開成所句読師 田中静州
右医学研究の事
医師 中村宗見(後の博愛、オランダ公使)
右化学研究の事
開成所英学諸生 森金之丞(後の有礼、子爵文部大臣)
開成所句読師蘭学 吉田巳之次(後の清成、子爵)
開成所諸生 東郷愛之助
同蘭学 町田申四郎
同 町田謙次郎
奥小姓開成所入学 市来勘十郎(後の海軍中将)
右海軍測量科研究の事
開成所諸生英学生 磯永彦助(この人が、現在唯一の生存者)
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「頂いておきます」
久光は、巻き納めて、押し頂いて、懐へ入れた。
「今は、何うにもなるまいが、わしの大船禁造を解くことも、容れられたし、開国も、天下の勢いとして、実行されようし、時機が来たなら、この諸生共を、それぞれ異国へやって、その学文も見習わせるがよい。化学のことに就いては、それに興味のある者が、中村の外に見当らぬ故、追って銓衡《せんこう》するとしよう」
「化学は、兄上につづく者ございますまい」
「だから、父上のお残しになった金を、化学の判らぬ人々の中で使いたくない。然し、久光、三十年、いや、二十年で、わしの志は、天下の志になるぞ。わしは、それだけを信じている。それだけを信じていると、淋しゅうない。いろいろの苦しみも忘れ果てる。榴弾も出来たし、シャフトも出来たし、紅硝子もできたし、ただ一冊の、オランダの本だけからでも、異国に負けぬものが造れた。或いは――調所がおったなら、称《ほ》めてくれるかもしれぬ。あれは、出来たらこの上ないが、出来るか出来ぬか、判らんものに、金は出せんと、反対しておったが、今存命なら、喜んでくれるであろう」
久光は、調所が斉彬呪殺の計に加わっていることを、斉彬が知りながら、心から称めるのを聞いていると、斉興が、憎くなってきた。
(父と云い争いまでして、隠居願を、無理に書かせたが、この兄のためなら、もっと、強く出てもいい)
と、思った。次の間から
「白金へのお使、只今、帰りましてござります」
と、云った。
「何うであった?」
「御機嫌の体に拝しましてござります。よろしくとの、お伝えでござります」
「そうか、父上御機嫌であったか、そうか」
斉彬は、元気いい、快い笑顔になった。久光は、又、眼が熱くなってきた。
一人の浪人は、褌《ふんどし》一つになっていた。二人は肌脱ぎになっていた。もう一人は、半肌脱ぎで
「益満が、こう遅うては、お春も、一人じゃあ寝にくかろう」
「そうさ。かぼちゃ、とうなす、いろいろあれど、主に見返す奴は無いってね」
富士春は、浴衣の襟を、くつろげて、片立膝から、水色をのぞかせながら
「今夜も、厭に蒸すねえ」
五人の前に、肴《さかな》の皿と、徳利とが置いてあった。
「毛唐は、男と女と、人の前でも口を吸うというが、本当かの」
「そういう犬のような真似を致す奴輩《やつばら》ゆえ、捨てておけんと申すのじゃ」
「好いた仲なら、嘗《な》めもしようさ」
「ははあ、師匠も、嘗めるか」
「当り前さ」
「何うして、嘗めるか、後学のために、拝見致したいものだの」
一人が、肱を張って、富士春の顔を見た。
「何をつまらぬことを申している」
「いや、男女のことは、造化の大道で、攘夷と共に、神州男子の心得ておらねばならぬことじゃ」
「貴島さん」
富士春は、一人の齢の若い浪人に
「こうしてさ」
と、云って、手を延して、貴島の手を、引っ張った。
「何をなされる」
「いいじゃないか――何んとか云ったね。どうかのだいど?」
「造化の大道」
「それそれ、造化の大道ってばさ、こっちお向きよ」
「師
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