居せい、との謎じゃ。二度も、謎をかけられたのは、三百諸侯、三百年間、わし一人じゃ。あはははは」
久光は、懐へ手を入れて、書付を出して来た。
「読み上げます」
[#ここから3字下げ]
私領琉球国へ滞留罷在候異国人共之儀に付而者《ついては》、追々|被仰達候《おおせたっせられそうろう》御趣旨之旨、相心得致指揮《あいこころえしきいたし》、仏蘭西人者、無異議引払、英国人は未だ滞留いたし居候得共、国中一統人気も平常に帰し――
[#ここで字下げ終わり]
「わしの禀申《りんしん》書ではないか」
「はい」
「それが、何うした?」
「父上、その禀申書に、書いてござります、琉球国無事安穏のことは、悉く、偽りと、幕府要路へ知れておりまするぞ。今一通――島津将曹の分――」
久光が、読みかけると
「判っている」
久光は、又、懐へ手を入れて
「今一通――これは――」
と、云って、紙を、披げると
「島津豊後と、末川近江より、石見宛の書面、これも、阿部伊勢の手に入っております」
「誰が、左様の密書を――」
「判りませぬ」
久光は、口早にいって、頭を振ると
「読み上げましょう」
と、鋭く云った。
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去年十一月七日、英国船一艘、那覇へ来着、彼国軍機大臣より、更に有無之品、致交易度《こうえきいたしたき》趣之書状持越、又者右船乗頭よりも、同様交易筋之儀申聞候に付、去午年、仏国大総兵交着之節、和好交易等相断候趣を以て――
[#ここで字下げ終わり]
「誰から、左様の物を手に入れた」
斉興は、大声で云って、久光を、睨みつけた。
「当路の人より」
「誰じゃ」
「申上げられませぬ」
「美濃か」
「申せませぬ」
「貸せ」
突き出した斉興の手は、微かに、顫えていた。そして、一通り目を通すと、久光が
「何故、異国人共の交易強要のあったことを、無い、無事だ、国中一統人気平常だと、偽りになりました。この一点で、上《かみ》を欺いたるものとして、改易にされても、恨むべき筋はござりますまい。何故、かような小刀細工《こがたなざいく》をしてまで虚位虚名を、お望みになります?」
「虚位虚名?」
「そのことも、上には、御承知でござりまするぞ。国許の平穏を装い、異国との交渉は無事解決と偽り、その功によって、三位に進まんとするお心でござりましょう。今更、三位に進んで、何になりましょう。正四位上宰相、松平大隅守として、何不足がござります。この上に、密貿易《みつがい》露見のこともあり、今度の騒動のこともあり、隠居せよとの謎を、二度も受けておりながら、のめのめと――」
「何が、のめのめじゃ。何んという言葉を使う」
「殿中にても、世上にても、左様に申しております」
久光は、手早く、将曹から、幕府へ報告した文面の写しを、取り上げて
「この、禀申書の如き、署名は、ただ、将曹一人、藩老の連署が無くて、何故、この藩国の一大事件を、上へ通達するような、軽々しきことをなされました。これも、悪く推察すれば、余人に洩しては、反対されるおそれがあってのことでござりましょう。何故、あったことを有りのままに、通達なされませぬ。この事実の隠蔽《いんぺい》によって、異国係としての兄上の板挟みの苦境が、お判りになりませぬか? 母上のなさるような浅墓な企て、幕府とて、目もあれば、耳もござりますぞ。まして、天下に攘夷、開国論の盛んなる折柄、異国船の来て、交易を強要したという重大事が、洩れずにおりましょうか。琉球が、辺僻の地などと、そんなことを考えて、匿せば、匿せ得るものと、お考えになっているお心が、判りませぬ。もし、兄上に、失政があれば、その時こそ、久光、兄を押除けてでも、御家を継ぎましょう。当今天下第一の人物として、上下より称讃されている兄上を、当主にせぬなどと、父上、ちと、愚にお返りではござりませぬか。お為派崩れに加担した軽輩共を取立てて、上席の者を処分するであろうなどと、余り、兄上の心に、お察しが無さすぎますぞ。お為派の者が、兄上に、何をすすめても、ただ父上の御意のままに、と、国許の、彼等の陰謀も、所詮《しょせん》は、兄上が押えつけて、その申し分を用いなかったがための蜂起とは判りませぬか? 手前に、家督を仰せつけられる御慈悲がござりますなら、手前の、この申分をお聞き入れ下さりませぬか? 父上のため、家のため、いや、天下のために、兄上を――兄上は、天下のために、父上のために――何んなに、苦労を――子供を――殺されても、愚痴一つ、洩さずに――」
久光は、涙を浮べて、声をつまらせた。斉興は、黙っていた。
将曹は、腕組をして、首を傾けたまま、黙っていた。お由羅は、すきやの着物の、襟裏を返し、少し、くつろげた胸の、濃化粧に、その襟裏の紅縮緬を映えさせて、煙草ものまずに、黙っていた。二人とも
(今、斉彬
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