まっていた。
深雪は、半分身体を起して、短刀を持ったまま、片手を地について、肩で呼吸をしていた。庄吉に、声をかけたかったが、咽喉が、からからであった。短刀を、握っているのか、動かせるのか、もう、力も、何も、感じなくなっていたし、立とうとしても、膝頭が曲らなかった。それでも
(庄吉――)
と、心の中で、叫んで、左手で、土を掴んでいた。そして、月丸へ、それを抛げつけることが、いくらかでも、庄吉を、助けてやるような気がしたが、二人の格闘の狂暴さに、抛げつける暇もないし――深雪の、逆上した頭の中にさえ、恐怖と、惨酷とだけは、いっぱいになって、ぼんやりと、それを眼で凝視めながら、頭の中は、その光景に、狂いそうであった。
(兄様――)
と、ちらっと、感じた。
(庄吉が、殺されます)
そう思うと、自分が、庄吉を殺すように思えた。深雪は、這《は》って、近づこうとして、身体を、起すと
「野郎っ」
南玉の声であった。深雪の、うつろになったような頭の中に、眼の中に、棒を振上げた南玉の姿が、写った。そして、そのうしろに、小太郎の顔があった。
(兄様っ――)
と、叫ぼうとしたが、何んだか、身体が、地の中へ、落ちて行くようで、兄の顔が、急に遠くなった。
(しっかり、しなくては――)
と、思って、自分の手を、握りしめると、南玉が、棒を振上げていた。
(庄吉――)
と、思うと、草の中に、黒い凝固《かたまり》が、動いていた。胸がはだけて、血が見えていた。
(庄吉が、死んだ――殺された)
と、思うと、眼の前が、急に、暗くなって、頭を、後方へ、引倒されるように感じた。そして、それに抵抗しようとしたが、ずっと、穴の中へでも、急速度に、落ちて行くように感じると――何も、判らなくなってしまった。
「深雪」
と、叫んだらしい声だけが、ちらつと、耳の中へ聞えたようであったが
(師匠らしい)
と、感じただけで、もう、二人の死闘も、血も、草も、山も、月丸も、感じなかった。
「深雪さん」
と、いう微かな――遠いところで、誰かの呼んでいる声がした。深雪は
(声がした)
と、感じた。だが、それが、自分の名であるか――何んであるかさえ、判らないくらいに――微かにしか働かない頭は、記憶も、判断も無くなっていた。だが、もう一度
「お嬢さあーん」
と、呼ばれた時
(ああ、誰か、遠くで、自分の名を呼んでいる)
と、感じた。そして、その、呼んでいる声が、南玉の声だと、判ると同時に
(気を失った)
と、知った。そして、そう判ると共に
「庄吉」
と、口を動かした。頭の中、眼の奥には、血潮の散乱と、剥き出した眼球、破れた着物、掴み合う手、その手の中の乱髪、刀、踏みにじられた草、折れた灌木――そんなものが、入り乱れていた。
(ああ、二人のあの格闘、あれは、何うなったか)
深雪は、脚に、腕に、痛みを感じながら、不安と、恐怖を、全体に溢れさせて、眼を開くと、南玉の顔と一緒に、頭の中を、眼から突貫くような太陽の烈しい光を見た。そして、眼を閉じた。
「お嬢さん、しっかり――」
「庄吉は?」
深雪は、眩暈《めまい》を感じながら、細く眼を開いて、庄吉が、何うしたか、見ようとした。
「気がつきましたよ」
と、南玉が、誰かにいった。
「庄吉っ」
深雪は、そう叫んで、庄吉の答えのないのを思うと
(殺された)
と、感じた。
(床吉は死んだかしら? もし、そうだったら、自分だけ、生きていては、庄吉の志に対して面目無い。あの男の尽してくれたことに、何一つ報いないで、殺しては、人の道に外れる。何も出来ぬが、自分のために殺された人へは、自分も亦、死んで――)
と、思った。
「お師匠さん――」
「さ、しっかり。お堂へ行って」
と、云いつつ、南玉は、抱き起そうとした。呻き声が、高く聞えた。
(庄吉だ)
と、思うと、深雪は、心臓が、凍るようであった。
「月丸、武士らしく、自裁するがよい」
小太郎の声であった。深雪は、はっきり、眼を開いた。小太郎の脚下の草の上に、庄吉が臥《ね》ていた。そして、その枕辺に、義観が、手当をしているらしく、うずくまっていた。月丸は、草の中に、俯向きに、倒れたまま、呻いていた。深雪は、南玉の手の中で、痛む身体を、起しながら
「庄吉は?」
「庄吉? 大丈夫、さ、早く、お堂へ行って。しっかり、つかまって――傷は無えんだ。さ、しっかりして――」
「お師匠さん、庄吉は? 本当に?」
「彼奴は、不死身だ。歩けますかい」
「ええ」
「えらいことをやんなすったねえ。月丸の野郎、あの一刀で、斃《くたば》っちめえやがって。ええ、もう断末魔だ」
月丸は、手を、草の中へついて、身体を起そうとした。髪は、元結《もとゆい》が切れたらしく、乱髪になり、着物が裂け、顔も、頭も血まみれで、
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