ろで――そして、殺してしまって――)
 月丸は、全身に熱を含ませながら、綱手とのことを思い出し、深雪とのことを考えて
(この思いを遂げた上でなら、小太郎に殺されてもいい)
 と、まで感じた。

「無益《むやく》の、腕立て」
 月丸は、微笑しながら――だが、その眼を淫獣の如く輝かせて、深雪の方へ、一足踏み出した。
「野郎っ」
 と、庄吉は、絶叫した。月丸の口へ出さない心が、庄吉には、愛する者の、鋭敏な心の働きとして
(もしかしたなら――)
 と、感じていた。そして、それを感じると共に、危険さを、忘れてしまった。庄吉は、短刀を突き出して、鶏の羽摶《はばた》くように、片袖を翻しつつ、飛びかかった。
 月丸は、躱して――斬ろうとした。その隙へ
「やあ」
 深雪は、庄吉の危険さに、心を縮み上らせて、夢中に斬込んだ。月丸は、その刀を、柄頭で受留めて、立直ろうとしている庄吉の腰を蹴った。庄吉は、転がるまいと、もがきながら、それでも、一つもんどり打って、転がった。
「若旦那」
 と、南玉が、叫んだ。
「お嬢さん」
 深雪は、月丸が、左入身《ひだりいりみ》に、つつと、近づいて来たのへ、斬込むことが出来なくて、一足退った。その、退った刹那に――深雪が、斬込もうとした瞬間に、月丸は、深雪の手を、握ってしまった。
 深雪は、身体を曲げ、手を曲げ、顔を歪めて、抵抗したが、痛みに耐えきれずに、脇差を放してしまった。
 月丸は、処女らしい、滑らかな肌、暖かすぎるぐらいに暖かい肌、汗ばんでいる肌に、興奮を感じながら、深雪が脇差を落すと共に、左の腋下へ、素早く手を廻して、背から、抱き込んだ。
「畜生っ」
 庄吉は、真赤になって、立上っていた。
(もしか、そういうことに――)
 と、心をおののかせて、心配したように――深雪が、抱きすくめられているのを見ると、全身の血が、逆流した。
「お嬢さん――お嬢さんっ」
 庄吉は、叫んだ。
「師匠っ」
 庄吉は、自分ぐらいが一人、斬られてしまったところで、到底、月丸を傷つけることは出来ぬ、と感じた。命を棄てるのは、惜しくなかったが、月丸に、指もさせないで、斬られたくないと、思った。
「師匠。若旦那、呼んで来いっ」
「よしっ」
 南玉は、走りながら
「抜かるなよ――逃がすな」
 庄吉が、頷いて
「逃がすかえ」
 と、叫んだ時、深雪が
「兄を呼ばぬよう」
 月丸の腕の中でもがきながら、二人へ叫んだ。庄吉は、頭の中を、叩かれたように、感じた。
(腑抜けだ。こん畜生っ、俺《おいら》あ――何んて、意気地なしなんだろう。命を捨てる、捨てる、と、ほざいておきながら、いざとなった時に――このざまで――)
 そう感じると共に
「師匠。いらねえっ」
 と、叫んだ。
「野郎」
 二間余り離れて、深雪を抱き込みつつ、歩んで行く月丸へ、猟犬の如く、草叢の中から、飛んで行った。

 深雪の肌は、綱手の肌よりも、暖かであった。その体温が、月丸の腕から、腋の下から、脚から、月丸の血管の中へ、しみ透った。月丸は、野獣の心以外の、総てを忘れてしまっていた。そして、庄吉を睨みつけながら、左手を、深雪の胸へかけた。指先が、乳房へ当った。深雪は、その指先から、全身を赤くすると共に
(自分も、姉のように、手込めに、逢って――)
 と、感じた。それは、微かに、指先が、触れるか、触れぬか、であったが、深雪は、小太郎に対して、顔が合せられぬように、恥辱を感じた。そして、全力的に身悶えして、右手が、自由になった、と感じた時、庄吉の、飛びかかって来る顔を、ちらっと、眼の隅に、感じた。そして、それと同時に、その眼の前に突き出ている柄頭へ、月丸の手のかかってくるのを見た。
(庄吉は斬られる)
 深雪は、そう感じて、右手を延した――月丸が
「懲りぬかっ」
 と、大喝して、抜討ちにと、柄頭へ手をかけた、その手へ、その延した右手が、必死にからみついた。月丸は、庄吉の、棄身な、突撃を、身体ぐるみで、躱けると共に、深雪の妨げに、激怒した。
「邪魔立をっ」
 と、低く叫んで、右手で、深雪の手を柄から放させようと、注意を右手に集めた時、深雪は――足で蹴り、左手を動かし、全身を悶えさせた。
「野郎っ」
 庄吉は、逆上してしまっていた。月丸は、執拗に抵抗する深雪に、憤りながら、放すまいと――庄吉を、睨みつつ、二度目の、突きを躱した時
「庄吉っ、突いて――突いてっ」
 深雪が、絶叫した。月丸が、力をゆるめた隙に、深雪は、両手で、月丸の刀と脇差を、抱え込んでしまった。
「お嬢さん」
 庄吉は、蹴られて、よろめき、躱されて、たたらを踏みつつ、眼と、歯とを剥き出して、めちゃめちゃに斬りかかった。月丸は
(この上は――)
 と、思った。そして、左手に力を入れ、右手で、柄頭を持って、一振り――深雪を、突きのけて
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