と思った時
「庄吉」
 と、南玉の声がした。
(若旦那の言伝《ことづ》けでも聞いて来たんじゃあねえか――)
 庄吉が、立止まった。南玉は、深い草の中を、裾まくりしつつ、近づいて来て
「居ねえの」
「うむ」
「戻って、お前、待つことにしたら」
「あの坊主、何を、抜かしゃあがるか、行きどまりだって、何処が、行きどまりだ。あれが、大旦那様の墓だろう」
 庄吉が、指さした。
「あれかい」
「墓だろう」
 二人が、じっと、眺めた時、墓の下から、人影が、さっと、立った。南玉が、一足退った。庄吉が、短刀を握りしめた。そして
「畜生っ、びっくり――」
 と、呟きかけて
「月丸だ」
 と、云った。若い侍姿で、いい男らしかった。
「告げて来よう」
 南玉が、囁いて、庄吉の袖を引くと、月丸が、じっと、二人の方を見た。
「野郎――墓へ詣ってたんだぜ」
「じゃあ、月丸と、ちがわあ」
「若い、いい男だぜ、師匠」
「だって、お前、月丸が、大旦那の墓へ、参るかえ」
「そうだのう――あれえ、泣いてるぜ。あの眼――」
 月丸は、俯向きつつ、歩みだした。
「聞こうじゃあねえか」
「ちがうよ、よしな」
 南玉が、袖を引いた時、後方から、草に摺れる音が、近づいて来た。振向くと、深雪であった。そして、それと、同時に、月丸が、深雪の方を、ちらっと、見て、佇むと、じっと、深雪を、凝視めた。そして、そのまま、三人の方へ、歩き出して来た。
「庄吉、大変だ」
 と、南玉が、叫んだ。

「月丸だ」
 庄吉は、呟くと、二人の前へ出て、月丸の来る方へ、歩き出して
「お訊ね申しやす」
 と、叫んで、頭を下げた。南玉が
「お嬢さん」
 と、云って、逃げろ、と、合図した。
「いいえ」
 月丸は、庄吉に、答えもしないで、どんどん、近づいて来た。
「お訊ね申します。貴下様は、もしかしたなら、百城月丸様では?」
 月丸が、じろっと、庄吉へ、眼をくれたまま、近づいて、深雪に
「綱手殿の、お妹御ではないか」
 と、云った。
「はい」
 そう、はっきりと、答えはしたが、深雪の顔色は、蒼白で、手も、膝も、顫えていた。庄吉は、懐の短刀の鯉口を切った。
「よう似ているで、もしかと、存じたら、矢張り」
 月丸は、頷いた。深雪は
(何を、泣いて?)
 と、月丸の、薄紅の眼瞼を見た。そして
(話のようにいい男だが、この顔ゆえに、姉様が――)
 と、思うと、蒼白い怒りが、心の底から、顫え上ってきて、肌の上へまで、しみ透ってきた。月丸は、じっと、深雪の顔を見て
「よう似ておる。瓜二つじゃ」
 と、呟いた。
「貴下様は、百城――月丸、様」
 月丸が、頷いた。深雪は
(姉上の仇敵)
 と、すぐ、叫ぼうとしたが、息切れがして、叫べなかった。そして、全身が、顫えているので
(もっと、落ちついてから――)
 と、思った。南玉も、庄吉も、蒼白になっていた。
「姉上を、不覚にも、手にかけて、只今、あの墓へ――あの墓へ、綱手殿の形見の鏡を――肌身放さずに持っておった鏡を、埋めて――そら」
 月丸は、微笑して、両手を、突き出して、指を拡げた。爪の間に、土が入っていたし、手も汚れていた。
「何んと申そうか。ここでお身に、お目にかかろうとは、綱手の、手引きであろうか――今も、墓の前で、武士を捨てて、一生、墓守になろうかとも存じて、情無くも、御覧の如く泣いて。お嗤《わら》い下されい。兄上の、小太郎殿とは、敵味方ながら、己が、一生を契った綱手殿を、己が手にかけて――只今、ふっと、お顔を見た時、身の内より、ぞっとして、おお、綱手が、と――」
 月丸は、未だ、深雪の顔を、じっと、眺めたままであった。深雪は
(考えていたほど、悪い人ではなさそうだが)
 と、思うと共に
(何故、母まで、殺して――)
 と、思うと、その、凝視している月丸の眼を、怪しい精のように、感じた。
「定めて、憎く思われようが――全く、過って――」
 庄吉が
「何故、七瀬殿を、お殺しなさいました」
 鋭く云った。月丸は、ちらっと、横を向いて、庄吉を見て
「七瀬殿か。あれは、四ツ本氏が、斬ったのじゃ」
「卑怯なことを、仰しゃいますな」
「卑怯っ」
 月丸は、鋭く、庄吉を睨んだ。

「卑怯?――何が卑怯っ」
「自分が、殺しておいて――」
「うぬら、下素下郎に、武士の、卑怯、卑怯でないが、判るかっ」
「何っ」
 庄吉は、一足退った。そして、懐の短刀を、懐の中で抜いた。そして
(こいつを、突き出すが最後、ずばりとやられるかも知れねえんだ)
 と、感じると、脣も、額も、色が変ってきた。そして、ちらっと、深雪の方を見ると、深雪も、蒼白になっていた。
「白々しいことを抜かすなっ」
 庄吉が、こう叫んで
(深雪が、斬りつけて行ったら、飛び込んでやろう)
 と、思った。月丸が、右手を刀をかけようと
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