、同じように立って
「お前、彼奴あ、狂人のようになっているんだからの。もう、さっき和尚さんに、斬りかかったり――」
「心配すな」
 庄吉は、縁側へ出ていた。
「だって、お前、斬られりゃあ、犬死だぞ。何をしやがるか判らねえんだから。野郎の、現れ出るのを待って――」
「江戸っ子は、気が短えや」
 庄吉は、そう云って、跣足《はだし》のまま、縁側を降りて
「堂の後方って、この堂は、ずんべらぼうじゃあねえか。何っちが、師匠、後方なんだえ?」
「山の方だろう」
 庄吉は、崖を降りて、堂の屋根越しに、山を見ていたが
「後方は、行きどまりの山じゃあねえか。若旦那、何っちですい」
 と、左右を見てから
「こっちだな」
 と、呟いて、右手の方へ歩き出した。
「兄様、大丈夫でござりましょうか」
「月丸も、まさか、血迷いはすまい」
 南玉が
「待て、庄公」
 と、云って、同じように跣足で、飛び出して行った。

「お兄様――二人に、もしものことが、ございましては」
 小太郎は、深雪へ、振向いて
「わしに、力を貸せ、と申すのか」
「はい」
 と、答えて
「悪うござりますか」
「悪い」
 深雪の眼に、険しい表情が閃いた。だが、すぐ、その眼を、膝へ落して
「もし、二人に、万一のことが、ございましたなら、妾《わたし》ら二人は、あれだけ世話になっておりまして、世間へ、顔向けができませぬ」
「何故、月丸を討つ?」
「姉の仇敵《かたき》でござります」
「妹の仇敵を、兄が討てるか。仇敵|討《うち》の法に、目下《めした》の仇敵を討つことは、禁じてあるぞ」
「はい」
 深雪は、暫く、黙っていたが
「妾が、討ちます」
 顔色が、少し、蒼白めていた。
「成る程」
 と、義観が、笑って
「えらい」
 深雪は
「討てぬかもしれませぬ。その時は――」
 と、云って、両手を、義観へついて
「父と共に、埋めて頂きとう存じます」
「ああ、よいとも」
 義観が、頷いた。
「お兄様、お別れ申します」
 小太郎は、何んともいわずに、腕組をしていたが
「脇差を持って参れ」
 と、云って、佩《はい》していたのを、手渡した。
「有難う存じます」
 深雪が、立上った。義観が
「やれ、今日は、念仏に、忙がしいぞ」
 と、呟いた。深雪は、縁側へ出て、左の方を、じっと、眺めていたが、裾を折って、帯へはさんだ。そして、脇差を差して、草履の無いのに、一寸、躊躇していたが、すぐ、跣足のまま、急ぎ足に――二人の方へ、振向きもしないで、去ってしまった。
「一切|有縁《うえん》を放下《ほうげ》して、八方空」
「心のままに、働けまする」
 小太郎が、微笑した。その瞳を、じっと、義観が、凝視めていたが、頷いて
「助力してやるがよい」
 と、云った。
「はい」
「助太刀にも、いろいろとある」
「心得ております」
「剣をもってか」
「いいえ」
「言葉でか」
「いいえ」
「然らば」
「月丸、自ら、月丸を裁く」
「出来たっ」
 義観が、叫んだ。
「そうなくてはならん。よく、到った。それでよい」
 義観が、頷いた。
「では――」
 小太郎は、右手に置いてある刀を取ろうともしないで、礼をして、立上った。
「どうれ、わしも、見物に参ろう。茶でも飲んでから、ゆっくりとの」
 義観は、次の間へ、出て行った。小太郎は、縁側へ出たが――そして、耳をすましたが、何んの声も、何んの音もしなかった。そして、自分の心も、この山の中と同じように、澄んでいて、動かなかった。そして、その底に
(三人とも死にはしない)
 と、いうような信念があって、少しも、心が乱れなかったし
(死んでも、何事でもない)
 とも、感じていた。

(何が、怖いんだ、何が――)
 と、庄吉は、自分へ、叫んでみた。だが、心臓が、昂っているし、時々、溜息をしなくてはならなかった。
(若旦那は、一体、何を、まごまごして、落ちついてるのだろう。薄っ気味悪い坊主の前で――何んだ、あの坊主は?)
 庄吉は、足許を、気づかいつつ――墓を捜しつつ、歩んだ。
(野郎、うまく欺して、お嬢さんのところまで、引っ張って来りゃあ、いくら、若旦那だって、まさか、捨てておけめえし――もし、捨てておきゃあ、その時は――)
 と、自分の命をすてることを考えたが、それは、深雪と、二人でいて、そう決心した時ほど、強くは感じなかった。そして
(万一の時には、小太郎が――)
 と、思った。
(捨てちゃあ置かれねえことなんだから――命にかかわるんだから――)
 捨てておくべきことでない、と、庄吉は思ったが、小太郎の態度を思い出すと
(もしかしたなら)
 と、いう懸念が、起って来た。
「なあに」
 と、口へ出して
「人間二度たあ、死なねえんだ」
 と、云った時、草の上に、ちらっと、墓石らしいものが見えた。
(あれが、墓だな)

前へ 次へ
全260ページ中217ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
直木 三十五 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング