と、頷いてみた。
「今、父の側へ、埋めてやるぞ。これが、別れじゃ。綱手、よく、顔を見ておけ」
月丸は、狂人のように、自分の顔へ、言葉をかけて、又、涙を流した。
「別れるぞ――綱手、別れるぞ」
と、いうと、声まで、涙で、曇ってきた。
「綱手、さらばじゃ」
月丸は、そう叫ぶと、鏡を、口にくわえておいて、小柄を抜いて、墓石の下を、掘り出した。土を掬い上げ、小柄で掘り――二つの手を、土まみれにして、五六寸の深さに、掘った。そして、鏡を、絹に包んで、
「よく眠れよ――さらばであるぞ」
と、いうと、穴の中へ、静かに置いた。そして、合掌をしてから、自分の小柄を、その上へ入れて
「その小柄を、わしと思え。南無阿弥陀仏」
と、又、合掌して、それから、土を落した。そして、手で叩いて、その上へ、石をのせて、そのまま、俯向いて、合掌していた。
「何うどすっか」
と、擦れちがった登山の人々の、振向きつつ、降って行く、後方へ、庄吉は、こう云って
「べらぼうめ――えろう、綺麗な、娘はんやおまへんか。何うどすーっ、何うどすーっ」
庄吉は、節をつけて、怒鳴った。
「これ庄吉、聞えるではないか」
深雪が、微笑しながら、たしなめた。
「南玉の爺なら、四方の山々眺むれば、とかなんとか、やらかしゃあがるところだ」
庄吉は、宿を出る時から、はしゃいでいた。それは、深雪と二人で、初めて――よし、一日であろうとも、旅らしいものへ出る喜びも、あるには、あったが、それよりも、庄吉を愉快にさせたものは、自分と二人だけででも、深雪が、安心して、旅に出る、ということからであった。
「へっ、何うどすうーっ」
庄吉の声が、谷へ、向う峯へ、響いた。
「まあ――」
「何うどすうーっ――だんだん上手になってくらあ。何うどすうーっ。うめえ、うめえ、何う――」
「庄吉ったら」
「何うどすうーっ」
深雪が、笑い出した。降りて来た四人連れの男女が、二人を、まじまじと、見つめて、擦れちがうと
「何うえ、夫婦《めおと》かいな」
と、云った刹那、庄吉が
「そうどすうーっ。へい、御免なさい。今日《こんち》は」
四人は、びっくりして、足を早めて、降りて行った。
「庄吉、よしませぬか」
「てへへ、面白うござんすね。夫婦かいな、と、抜かしゃがって、何うどすえ、と、称めやがらねえから、一番、おどかしてやったんで――何うも、京|女郎《おんな》に、東男《あずまおとこ》なんて、何を云ってやがる。一人も、面らしい面は、ありゃあしませんや。ほい、又、来た。そうれ、何奴も、此奴も、婆ばかりだ」
「聞えるから――」
「なあに、齢をとると、耳が遠くなるから」
婆さんづれの三人が、降って来て、中の一人が、庄吉へ、笑いかけると、
「お気の毒えな、婆様ばかりで」
と、声をかけた。庄吉が
「おう、おう、おう」
深雪は、真赤になって、俯向いて、先に登って行った。
「若い女子衆と登ると、お山が、荒れるえ」
「婆さん、お前さん、嫁いびりしなさんなよ。死んで、地獄へ行くからの」
婆さんは、歯を出して、笑うと、降りて行った。
「まあ、庄吉。少し、嗜《たしな》みませんと、もし、口論にでもなったら――」
「ああ、びっくりした。恐ろしく、気の強い婆も居やがったもんだ」
駕屋が、うるさくすすめるし、腰を押す小さい女の子が、つき纏って来たが、深雪は、断りながら、静かに――だが、正確に、歩いて登った。
「いざ、というと、成る程、えらいものだ」
と、云って、庄吉は、左手で、手拭を使っていた。右手が無くなってから、遠い路には、身体が、早く疲れてくるようであった。そして、だんだん喋らなくなった。
「お嬢さん、一休みしようじゃあ、ござんせんか」
庄吉は、真赤な顔をして、汗を拭き拭き声をかけた。
茶店の中へ入ると、その中に、休んでいた人々が、一時に、二人の方を見た。深雪は、俯向いて、腰掛の端へ、腰をおろした。
「ようこそ」
と、いって、婆が、他の客へ、餅を持って行っての戻りに、深雪の前を、通ったが
「ああ――」
と、いって、一寸、足を停めて
「何うえ、ま、よく、似て――のう、爺さん」
と、叫んだ。爺は、竈《かまど》の前に、立っていたが
「何が?」
「そら、いつかの、お雛さんのような――さっき登って行かっしゃった、お侍衆と、いつかござった、そら――齢をとると、ぼけて」
「お前がか」
「お前が、ぼけて――」
「う、う、義観さんのところへ行くと、仰しゃって、お登りになった――そうそう、あのえらい斬合の後でのう」
「その時の、嫁御寮《よめごりょう》に、何んとまあ、美しい、よう、似てござる方」
深雪も、庄吉も、身体を固くして、昂《たかぶ》ってくる心を、押えて、じっと、聞いていた。深雪は
(姉のことであろう)
と、思ったし、
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