庄吉は
(月丸のことではないか――いいや、小太郎?――いいや、小太郎は、坂本から、登ったのだから――)
 と、思うと
「婆さん」
 と、声をかけた。
「その、お侍は、いい男で、齢の頃、二十二三か、四五ではないか」
「そうえ――本当に、そっくりよな、爺さん」
 婆は、深雪を、じっと、眺めていた。客は、婆の大声と、深雪の美しさに、物も云わないで、話を聞き、深雪を、見ていた。
「義観って坊さんを、訊ねて行ったって、何をしに、行ったのか、聞かなかったのかい」
「えろう、沈んで、ござって、碌々《ろくろく》口も利きませんがの、いつか見た時に、あんまり、美しいので、よう憶えていましたが――」
「その時の女子衆は、このお嬢さんよりも、二つ、三つ齢上で――」
「矢張り、この方の、姉さんかいな」
「そうでもないが――そして、その坊さんの居なさるところは?」
「根本中堂《こんぽんちゅうどう》の上やで――」
「いつ頃、登って行ったかのう」
「さあ、もう、一刻になろうか」
 と、爺が、考えて、陽ざしを見ていたが
「五《いつ》つ半下《はんさが》り頃かの、婆さん」
「そんなものかのう」
「もう、四つ半に近いから――」
 深雪は、心を顫わせていた。
(月丸が、何んのために)
 そう思って、この、同じ道に、姉を殺し、母を殺した対手がいる、と思うと、身体が引きしまってきて、冷たくなって行くようであった。庄吉は
(顔は知らねえが、逢えば判るだろう)
 と、思って
(逢ったなら――)
 逢った時のことを想像すると、死物狂いに突きかかりながら、月丸の物に斬られる自分の姿。そして、それと同じように、血塗れになって悶《もだ》えて転がっている深雪の姿が、眼にあった。
(ほんの一寸、深雪と、二人きりになれたと思や――一体、運がいいってのか、悪いってのか、月丸が、この山に登っているなんて、何んかの引合せだ――八郎太様の、御手引だ――やっつけろ。ぶつかりゃあ、それまでだ)
 と、思うと
「お嬢さん、一つ、急ぎましょうね」
 と、いった。

 茶店を出ると、庄吉は
「お嬢さん」
 そう声をかけて、じっと、深雪の横顔を、眺めながら
「あっしゃ、覚悟しておりますよ」
「妾も、しております」
「腕は、片方しかないが、なあに、人間一心凝めて――矢の立つためし有りってんだ。何うせ棄てた命だ。深雪さん、あんたの前で、綺麗、さっぱり、捨てて御覧に入れますからね。安心していておくんなさい」
「月丸は、何ういう男かしら」
「いい男――ちえっ、聞いただけで、げえっと来らあ。男がいいの、色が白いのって、男の値打ちあ、ここでげしょう」
 と、胸をさした。
 深雪は、頷いた。
「こういや、綱手さんの悪口になるが――魔がさしたんでげしょうな」
「兄に聞くと、なかなかの腕前ゆえ、お前と、二人ぐらいでは――」
「だから、だからよ。人間一心、虎々って、そら、虎を見て、何んとかしたって話がありまさあね。あいつだ」
「虎と見て、石に矢の立つ?」
「そうそう、南玉め、虎々々と、教えやがって――ところで、若旦那あ、未だ、京へお入りになりませんが、矢張り、この辺で、虎々じゃあねえんでしょうか」
「さあ、もしかしたなら――でも、庄吉、決して、兄を頼みにしては、なりませぬぞえ、何処までも、二人で――」
「二人っ」
 と、庄吉が、叫んだ。
「二人だっ、嬉しいことを仰しゃいますね。ええ、あっしゃ、命をすてますよ。なあ、いつか聞いた極意だ。斬らしておいて、斬れ。斬るより突け。一太刀でいいんだ。野郎の面へ、ぐさっと、斬りゃいいんだ。死にますよ。脚へ、齧りついたって――そうだ、ねえ、深雪さん。野郎に、貴女が、深雪と、名乗りかけて、話をしている、その後方から、あっしが、短刀で、一突きに――何んとか、そういう工夫を一つ、思案しておきやしょう。もし、出逢ったら、何ういうことになさいます?」
「死ぬつもりゆえ、仮令《たとい》月丸を、殺さないまでも――殺すなどと、思いもよらぬこと。一刀なり恨めばよいゆえ、命をすてて、尋常に名乗りかけて、討たれましょう。何れ、小太郎の耳へ入れば、捨てておきますまい。月丸とて、一流の使手ゆえ、女風情や、お前が、何う工夫したとて、討てるものではなし、要らぬ計《はかりごと》をして、月丸に侮られるより、立派に、太刀打をして、討たれましょう。母子三人、討たれたなら、天の冥利としても、月丸は、いつか殺されよう。なまじ――」
「判った。判った」
 庄吉は、片手で、押えて
「もう、何も申しません。身を捨ててこそ、浮む瀬も――いや、こいつもいけねえ、浮む瀬も、沈む瀬も考えねえで、正面から、やっつけるんだ。ええ、判りやした。ようござんす。えらい、御覚悟で、あっしゃあ、鼻ぺちゃだ――成る程ねえ。武家育ちだけに、ちがったものだ」
 庄吉は、
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