んで、眼を押えてしまった。
「二度も、生臭坊主の手込めに逢った上は、恥辱であろうから、死ぬがよい。首を縊るなら、枝が、いろいろとあるし、腹を切るなら、得物は手にあるし――隼人が、泣いてはいかん。泣くくらい口惜しければ、切腹するのだの。引導は、わしが、勤める――」
月丸は、眼を拭きつつ、一寸、開いてみて、一足進んだ。そして、顔中を、しかめて、又、一足進んだ。そして、もう一度、涙で開かぬ眼を、開いて、一足進んだ時、第二の砂が、あっと、思って、眼を閉じた瞬間、それよりも早く、眼を刺していた。月丸は、刀を振りかざして、崖を、一飛びに、登った。その刹那
「馬鹿っ」
小太郎は、声と、身体とを、一つの鉄丸のように、月丸へ、叩きつけた。月丸は、草の中へ、仰向きに、ぶっ倒れた。
「若旦郡、その馬鹿野郎をっ――」
と、南玉が、叫んで
「月丸って――あの、綱手様を、殺した月丸?」
小太郎は、倒れたまま、暫く、起き上らない月丸から、南玉へ振向いて
「そうじゃ」
と、頷いて、足の泥を払って、縁側へ、上って来た。そして
「如何、取計いましょうか」
と、義観に聞いた。
「綱手――あの、妹を、あれが、殺したと、いうのかな」
「はい」
「そうか――そして、さっき申した七瀬と、申すのは?」
「綱手の母にござります」
「それも、殺したのか」
「さ、しかと存じませぬが――母は、遠く、国許に居りまして――」
と、答えた時、月丸が、草叢《くさむら》の中へ、坐った。そして、刀を持ったまま、じっと、眼を閉じていた。涙が、頬へ流れていた。
「小太郎――心の出来ておらぬ、武士の意地とは、かようのものじゃ。己を知らず、人を知らず、恥を知って、恥を知らず、恥かしめるを知って、恥かしめられるを知らず、殺人刀を知って、活人剣を知らず、猿が、影を捉えるようなものじゃ。よいか、殺を論じて、一毫《いちごう》を破らず、活を論じて、喪身失命すとは、このことじゃ。わしは、殺を論じたが、一毫も、自他を破らぬが、彼の仁、活を論じて、自らを失っておる。剣刃上に、殺活を論じ、棒頭上に機宜を別つ。わしと、月丸との、この試合をよく考えてみい。人を殺して、生かす、生かして、殺す。二人を較べる時に、自《おのずか》ら、会《え》するところがあろう。身に邪心なく、真知の働く時は、思わざるに、勝ち、然らざる時には、量らざるに破れる。一心、生死を放念し、雑念を去る時、即ち、生を離れ、死を離れるの時じゃ。先刻、わしを、庇った時の働き、あの境を、よく味わってみい。わしを、庇い、且つ、月丸を、庇って、純一無類、それが、不偏|不倚《ふき》、無一無適の意《こころ》じゃ。判るか。言葉にすれば、難かしいが、味わえば、やさしい。どうじゃの」
と、義観は、南玉を、振向いて
「上は天文、判るかの」
と、笑った。
「へっ」
と、南玉は、お叩頭をした。月丸が、眼を拭いて、起ち上った。そして
「仙波」
と、叫んだ。小太郎は、義観の言葉を考えていて、答えなかった。
「討つぞ――忘れるな」
月丸は、刀を、鞘へ納めて
「坊主、いずれ、その首を、取るぞ」
「ああ」
義観が、笑って、頷いた。そして
「然し、のう、月丸、わしの首を、取るより前に、気の毒じゃが、死相が現れているぞ、死に近い相が――」
月丸は、鏡を見た時に、自分でも、そう感じたのを、思い出した。そして
(何かしら、魔物の住家のような山だ)
と、思った――そして、口惜しさが、全身に、溢れていたが、いくらか、落ちつくと
(二人がいる上に、臂を打たれているのでは、敵わぬ。ここを耐えて、次の機を――だが、隼人の意気は、十分、見せておいた。今夜にも、あの坊主を――そうだ、綱手の鏡を埋めて――忘れていた)
と、思って、歩みにくいが、一足歩み出した。そして
(俺は、卑怯で、逃げるのではないぞ)
と、思った。南玉が
「若旦那、綱手様の敵《かたき》を――」
と、いいかけると
「霊地を、汚すのではない」
と、小太郎が、静かにいった。
木立の中――遥かに、上の梢で、小鳥が鳴いた。月丸には、それが、自分を侮っているような声に聞えた。
(何かしら、わしは、心の平均を、失っているようだ)
と、思った。
(この間から、眠れないで、気が立っているが――)
それが、義観に斬りつけて、失敗《しくじ》った因のように思えた。
(あいつは、魔物だ――小太郎が、一喝されて、縮み上ったのも、無理はない。然し、意気地の無い――わしは、よし、彼の坊主に、殺されようとも、もう一度は、必ず、襲ってやるぞ)
月丸は、綱手と契った夜の無念さを、忘れることができなかった。義観を怨むというよりも、義観のために一喝されて、木にぶっつかりつつ、石に躓きつつ、逃げ出した自分の醜さに対して――人に顔向けのできぬ、その
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