い」
小太郎は、荷物を置いて、脚絆をとった。そして、縁側へ、膝をついて
「ここからで、よろしゅうござりますか」
「うむ」
障子を開けると、義観は、汚い木の枕をして、詩集らしい、薄い本を、額の上へ、開いたままのせて
「よう来たのう、すっかり、よいか」
と、笑った。そして、南玉を見て
「連れか。上るがよい」
「何んとも、お礼の申し上げようが、ござりませぬ」
小太郎は、両手をついて、礼をいった。
「余り、固くるしいことをするな。何しに来た?」
「お礼のためなり、墓参のためもあり、又、牧の行方を捜すために」
「未だ、討てぬか」
「お恥かしゅう存じます」
「噂に聞くと、天下も、島津も、物騒だの。会《え》すれば則《すなわ》ち事《じ》同一|家《け》、不会なれば万別千差、不会なれば事同一家、会すれば則ち万別千差。討つのもよい。忠孝両全の道じゃ。討たぬのもよい。神仏と心を同じゅうするものじゃ。世の中のこと、して悪いということはない。自分でしたいと、思うことはの」
「恐れながら」
南玉が首を延して
「巾着切などと申しますことは?」
「したくはないが、しておるのであろう、気が咎めているであろう。気の咎めることをするのは、したくないことを、しておるからじゃ。したいことに、悪いことはない。したくないことは、大抵悪い。お前が、巾着切か」
「あの者は、桃牛舎南玉と申し、江戸の講釈師でござります」
「何を講釈するな」
「上《かみ》は天文より、下《しも》は男女の色事にかけ」
「はははは、落語家《はなしか》の一種か。なかなか、あれは面白いものだの」
と、義観はいって、鋭く
「小太郎、生死の道は、心得ておろうな」
と、聞いた。
「今度のこと、覚悟は致しております」
小太郎は、頭を下げた。
義観は、脣《くちびる》に微笑していたが、眼は鋭く光っていた。
「死は覚悟とは、死ぬつもりか?」
「はい」
「借金を背負っても、首は縊《くく》れるし、女に迷うても、水に陥れるぞ。この間の死の区別は如何《いかん》」
「はい」
「はい、では、判らぬ。徒らに、死ぬ覚悟だけなら、匹夫、婦女子にでもできるぞ」
小太郎は、俯向いて、耳から、首筋まで、赤くなっていた。
「剣客の覚悟、士の用意と、遊冶郎《ゆうやろう》の情死との間に、如何の差かある?」
「はい」
「判らぬか」
小太郎は、黙っていた。判るようでもあり、判らぬようでもあった。ちがうと思えたし、同じようにも思えた。
(死ねばいい。死ぬ覚悟で、働く!)
と、思った時
「判らぬか」
「はい」
「莫迦《ばか》っ」
その声は、達人の気合と同じように、頭の中へ、胃の中へ、鉄刀を突き通すように、鋭く響くもので、同時に一つの力として、身体を、圧倒するようにも響くのであったし、身体も、心も、ちぢみ上って、固くなる鋭さをもっていた。
「生とは、徒らの生でなく、死とは、徒らに、犬死することではないぞ。死とは、自棄自暴して、生を断つことではなく、永劫の命、来世の生のために、喜んで赴くの心だ。死の覚悟とは、絶望しての覚悟でなく、十方を通貫して、転変自在の意《こころ》じゃ。内外打成一片にして、善なく、悪無し。千刀万剣を、唯一心に具足して、死生を超越す。これが、士の、剣客の、生死の覚悟じゃ。痛まず、悩まず、悲しまず、変ぜず、驚かず、これ、剣客の心じゃ。それに、何んぞや、父の墓参? わしへの礼? 左様の世上凡俗の習慣を、訣別の大事と心得ているようで、生死を越えての覚悟がついておると思うか? 死の覚悟とは、心を極め、天命を知り、一切有為世界の諸欲を棄て、天地微塵となるとも、聊《いささ》かも、変動しない、この心が、剣刃上の悟りではないか――剣刃上を行き、氷稜上を走る、階梯を渉らず、懸崖に手を撒《さっ》す、この危い境地をくぐって、小太郎、この四明の上に於て、まさに、剣刃上を行き、懸崖を走りながら、未だ、世上煩悩を棄てきれぬか」
小太郎は、手をついて、だんだん頭を下げて行った。
死ぬより外にないから、死のうとする、絶望の死であって、明るい、希望をもった死ではなかった。そして、死を覚悟しながら、深雪のことに、生計のことに、心を煩わしていた。それは、決して、死を悟っているものではなく、死に、透徹したものではなかった。ただ死を恐れない――というよりも、盲目的に、死のうとするだけで、士として、剣客として、決して、生死の覚悟ができている、と云えないものであった。小太郎は、絶望的にはなっていたが
(せめて、義観には、自分の志を、知ってもらって――)
と、考えていた。その義観から、こう云われると、恥入りもしたし、教えても、欲しかった。
「某、愚昧にして――」
義観の手が、右へ閃くと――小太郎の前へ、戒刀が、転がった。
「死ねっ」
と、義観が叫んだ。南玉
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