込んで、血を流すから、それらと、わしとを、一緒に考えているらしい)
小太郎は、右に、広々として、ぎらぎらと輝く湖を見、左に、聳立《しょうりつ》している山を見て
(益満の云う如く、わしの考えは、小さいかも知れぬ)
と、感じた。
「若旦那、何を、お考えで」
南玉が、汗を拭きつつ
「こう申しちゃあ、何んでげすが、同じ死ぬんなら、あの山あ、景気がようて、ようがすな。朝夕、この景色を眺めておられたら、死んだって、長生きできますぜ」
「親子は一世、夫婦は二世と、申すが、兄妹は、何世であろうな。世間の兄妹と申すものは、朋輩より水臭いが、わしらは、苦労をしたせいか、父のことを思い出すと、斬殺された綱手の方を不憫におもうし、母のことを思うと、深雪の方が、いじらしい」
「ねえ」
南玉は、頷いて
「御尤も様でござんす。苦労だって、一通りや、二通りではないんでげすからね。何かといや、斬るの、殺すの――」
「いや、それも、貧の辛さだのう」
「それには、手前がついておりやす。ぽんと叩くと、銭が儲かるし、ぽんと叩くと、人でも斬れるし――」
「南玉」
小太郎は、日吉《ひえ》神社から、爪立ち登りになってきた道を、千鳥形に、縫って上りながら、佇んで
「わしは、もしかしたら、今度は、父と同じになるかも知れんが――深雪のことについてだのう」
南玉は、肥った身体の、山登りに、もう、呼吸を喘がせて、肌衣一つになって、それでも、肌衣に、汗を滲ませながら、小太郎の言葉を聞くと
(庄吉の嫁に、と、いわねえもんかの)
と、思った。そして、小太郎が、そのまま、言葉を切って、湖水の景色を眺めているので
(もしかしたなら、そうかも知れんぞ――なまじっか、身分の低い士より、庄吉の方が、人間は――)
と、考えてきて
(巾着切で、片腕が無《の》うて、さて、堅気になったところで、これという商売の当もないし)
と、思うと、庄吉の嫁にしたいし、することが出来ないようでもあった。
「庄吉の志も判るし、人間のよさも判るが、それに、深雪も――わしが強いてと申せば、否とも申すまいが――」
南玉は、唾を飲みこんで、身体中を、固くして聞いていた。
「庄吉は――何うして、生計を立てて行くか。わしは、彼奴を、身分ちがいの、言葉をかけるのも、汚らわしい奴と考えておったが、交際《つきあ》っておると、頼もしくなってきたし、わしの一家のような悲惨な目に逢うと、せめて、深雪一人だけでも、ああしてまで、深雪のことを想うてくれる庄吉の手に、任しておいてやりたいような気がする。身分ちがいでも、片腕でも、何んでもよいから、お前だの、庄吉だのへ任せておいた方が、よいようにおもう」
「ええ」
南玉は、それにちがいない、と思った。だが
(庄吉が一人になりゃあ、一体、何うしてあいつは暮すつもりか? 富士春に養われて――深雪さんじゃ、そうは行かないし、と、いって、巾着切はできめえし、俺の前座は、勤まるめえし、勤めたって、前座の実入《みいり》じゃ二人暮しはできないし――)
と、考えてくると、庄吉の恋も、仙波の家の運命と同じように、悲惨なものに、思えた。
「一寸、こいつは――一寸、若旦那、考えさして、おくんなさい。こいつあ、弓矢の意地や、二一天作の五のように、簡単にゃ行かねえ。講釈の方でも、人情話は、難かしゅうござんして――」
「わしも、考えようが、わしは、わし自分をさえ、養えない身だからの――斬死の外にない」
小太郎は、湖を眺めて、呟いた。南玉は、何んとか、うまいことをいって、小太郎を、慰めたかったが、何ういっていいか、判らなかった。
陽ざしは、暑かったが、山風は、冷たかった。杉木立の深い中へ入ると、蝉の声が、時々聞えるだけで、身体も、心も、落ちついてくるようであった。
(何うにもならん――因果な身の上、因果な恋――というより外に――なにしろ元が巾着切で、今は巾着切仲間の情に生きている奴で、おまけに、片腕がないと来て――当り前の、そこいらの娘だって、嫁に来る身分じゃあねえ――だが、侠気《おとこぎ》があって、素直で、命がけに惚れ込んで、それでいて、男らしく諦めて――)
南玉は、同じことを、幾度も幾度も繰返して考えてみたが、どう処置していいか、判らなかった。
「涼しいの」
小太郎が、振向いて
「この山に、一刻も、こうしておったなら、心気が、静まるであろう。死を覚悟しておりながら、いろいろの妄念に煩《わずら》わされるが――南玉、見えた、あれが、義観のおるお堂じゃ。見えるであろう」
小太郎の指さす杉木立の深い中に、堂の屋根が見えていた。二人は、草の中を急いだ。
「老師」
と、縁側から声をかけた。
「誰じゃ」
寝ているらしく、畳の上から、返事が聞えた。
「仙波小太郎で、ござります」
「ああ久しいの――上るがよ
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