郎と、逢えるかも知れんが、逢ったなら、共々、ここへ参るがよい」
「ほほう、小太郎が、叡山に?」
 と、有村が、
「彼奴は、よい稚児《ちご》であろうが」
 深雪は、自分だけでなく、兄まで、汚されるような気がして
「行って参ります」
 と、益満へ、手をついた。
「庄吉、物騒なところゆえ、気をつけい」
「ええ」
 庄吉は、襖越しに聞いた七瀬の話――二人っきりで語った時の、深雪の愚痴話を思い出し――それから、深雪が、自分の口から、叡山へ行きたい、と、云い出したの、と、三つを考え合せると、はっきりと、深雪の気持が判った。
(よく死にたい、と仰しゃるが、今のようだと、本当に、そんな事になるかもしれん)
 と、思えた。そして
(この人が死んじまったら、俺は――)
 と、考えると、身体中から、何かが、悉く抜け出してしまうような感じがした。
(一緒に死ぬ?――馬鹿らしい。ここで、この人を死なしちゃあ、己の男が立たねえ。死ぬったって、そいつを止めて、笑顔を見せるようにするのが、男ってもんだ、それが男の強い力ってもんだ)
 庄吉は、自分さえついていたなら、侍の一人や、二人――
(俺が死ぬつもりなら、指一本、ささせるものか)
 と、思った。だが、その底の方には、深雪の悲しみに同感して、同じように、泣き濡れている心が、じめじめとしていた。
「行って参ります」
「深雪、懐剣は?」
「片時も放しませぬ」
「では、庄吉、頼むぞ。駕をやとって、陽の落ちぬうちに戻れ」
「心得ました。では、貴下様」
 有村に、お叩頭をすると
「羨ましいぞ、こら」
 と、云って
「貴様、片腕か」
「女に手を出して、斬られたの」
 庄吉も
(厭な野郎め。手前なんかに、江戸っ子がわかるけえ)
 と、怒りながら
「切口の鑑定はわかっても、心の善悪は、ね」
 と、いって、立上った。
「切口か、うむ、出してみろ」
「へへへ、戻ってからね」
 と、いって、庄吉は、襖を出て行った。

(父の、斬死した山――)
 小太郎は、夏の、陽盛りの空に聳えている叡山を見て
(そして、自分の、死にかけた山)
 それは、二つながら、自分の眼で見、自分の身体に刻みつけた事実であったが、恐ろしい夢の記憶のように、自分の経験ではなく、もう一つ別の自分の経験であるように、感じられた。
 床下から、調伏《ちょうぶく》の人形を掘り出して以来の、旋風のような、いろいろの事件――それは、悉く、小太郎を巻き込んでいたが、自分の――人間の、体験したことではないように思えた。自分の見た、自分の芝居、事実らしい夢――それは、父の斬死にさえ、こうしていると、悲しみも、憤りも、起って来なかった。人間の経験にしては、余りに、異常な、余りに恐ろしい事実であった。
(あの山で、ああしたことを、自分がしたのであろうか)
 と、小太郎は、疑った。
(もう一度、同じことをせよと、云われたなら?――二度とは、出来ない)
 小太郎は、汗を拭きながら、肩にかけた荷物の下の、汗にじめじめするのを、度々、掛けかえながら、少し、引きつる脚で、大津から、坂本への道を、急いでいた。
(綱手――こいつも、死んだ)
 小太郎は、綱手のことをおもうと、父の斬死よりも、可哀そうな気がしてきた。
(父は、本望であったかも知れん。然し、綱手は?)
 月丸の手に抱かれて、月丸の手にかかって、死んだのは、その男と契った女として、幸であるかも知れぬが、その齢の若さ、死ななかったなら、何んな幸福が、その将来につづいたか? と、思うと、同じような暮しを、長くつづけて来て、これから後も、又、同じである父に比べて、綱手は、人生の、一番幸福なことを、経験しないで、死んで行ったのだと思えた。そして、それが、堪らなく、不憫に感じられた。
(母は、何うしているか?)
 七瀬のことを考えると、それは、薄墨色をしていて、考えようがなかった。ただ、母が、苛立ちながら走り歩いたり、行燈の下で、子のことを、心配している姿だけが、思い出されてきた。そして、母よりも、深雪のことの方が、心配になってきた。
(せめて、綱手の代りに、深雪を人並に、暮せるよう――)
 小太郎は、そのことを考えると、自分の仕事の、牧を討つ、ということや、益満の、天下を対手のことやよりも、南玉の生活が、庄吉の生活が――その人々の住んでいた長屋の人々の生活の方が、遥かに、幸福のようにも、考えられてきた。
(弓矢の意地?――主君への忠義――そのために、一家を、悉く犠牲にして――)
 と、思うと、益満の言葉が、しみじみと判ってきた。
(世の中が、ちがってきた――それは本当だ)
 旅人姿をして歩いて行く小太郎と、南玉とに、通行の人々は、道を避けた。そして、不安な眼をして、眺めた。そういうことは、今までに、ないことであった。
(京都へ、不逞浪人が入り
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