町方の女が、羨ましい)
 とも――それは、自由に出歩ける女を、二階から見ていると、墓詣り一つにさえ――父の墓へ、初めて詣るということ一つでさえ、思うままにならぬ自分に、腹が立ってくるのであった。
「密談がある。次の間へ」
 と、益満が云った。深雪は、何故かしら、腹が立った。
「妾――叡山へ、墓詣りに参りたいと、存じますが――」
 益満が、頷いて
「そうか――うむ、行くがよい。庄吉でも、つれて」
 と、云った。深雪は、中っ腹で、突っかかったのに、益満が、すぐ、承知してくれたので
(怒ったりして、済まぬ)
 と、思うた時
「墓詣り?――何んなら、拙者が」
 有村が、あぐらをかいたまま、笑った。そして
「誰の墓だの。云いかわした男の――いや、墓詣りなどと申して――よくある手じゃて――益満、何うして、手に入れた女だ」
 深雪は、一言一言に、汚れて行くように感じた。

「父の墓で、ござります」
 こういって、深雪は
「では、すぐに行って参ります」
 と、立とうとすると、益満が
「これは、仙波の娘じゃ」
「ほほう、八郎太の――そうか、それは、とんと御無礼だ。御両親とも、無残な御最期で、御察し申す。わしは又、江戸の――」
 と、いいかけているのへ、深雪が
「あの」
 と、叫んで、顔色を変えながら
「ただ今、仰しゃりました――」
 と、いいかけると、益満が
「七瀬も、人手にかかったのか?」
 と、口早に、聞いた。
「知らんのか」
「誰に?」
 庄吉が、次の間で、聞いたらしく、動く気配がした。
「牧の倅に」
「百城月丸か」
「月丸?」
「大阪では、変名しておったそうだが――」
 深雪が
「あの、それは――」
 と、いったまま、拳を顫わせて、眼を、ヒステリカルに光らせて、呼吸を喘《はず》ませてしまった。
「不思議なこともある」
 益満が、いつにない真面目な、腕組をして
「この姉が、矢張り、牧の手にかかって、相果てた」
「ふむ、矢張り、尤物であろうの。それは、惜しい。成る程、不思議なこともあるが、牧の倅と申せば、斉興公の御一行に入っている筈であるが――」
「何うして? 七瀬殿が、又、牧の手にかかったのか――」
「詳しいことは判らんが、噂に聞くと、彼奴、お由羅派として、四ツ本喜十郎の許におったらしい。それへ、何うしたのか、その七瀬が斬込んで、殺されたというがの。無礼討ちになった、という噂もあるし――何れにせよ、牧の小倅の手にかかったことは、真実じゃ」
 深雪は、俯向いていたが、泣いていなかった。死んでみても、何う苦しんでみても、何をしてみても、何を考えてみても、何うしようもない、大きい魔物の力が、自分達一家を引っ掴んでいるように思えた。小太郎が
「死出の旅だぞ」
 と、いったのが、頭の心へ、しみ通って感じられた。
(次は、妾の番――それから、兄上――いいえ、今頃は、もう兄上が、何んなことになっているか――叡山――父の斬死した叡山へ、兄が一人で――)
 そう思うと、叡山の上に、何か、大変なことが起っているような気がした。そして、それは、同時に
(一家が、死絶えるのなら、せめて、姉さまを、母上を、手にかけた、その牧の息子を――百城月丸を殺して――)
 深雪は、狂人のように興奮してきた。
「月丸は、斉興公の御供の中におりましょうか」
「さ、しかとは、判らぬが――」
 深雪は
(兄に逢うて、このことを話して、それから、斉興公のあとを追って、百城を――兄が承知しても、しないでも――万一の時には、庄吉と二人で――庄吉は、きっと、死んでくれるであろう)
 そう思うと、庄吉と、二人で、斬り殺されて、何も知らぬ人々から、二人が不義をしていたように見られて
「武士の娘が、巾着切と――姉も姉なら、妹も妹だ」
 と、罵られるのが、はっきり想像できた。だが、深雪は
(何うなってもいい――もう、自棄《やけ》だ)
 と、思った。
「庄吉」
 と、益満が、呼んだ。
「へい」
 襖を開けて、入って、有村に
「お越しなさいませ。手前、庄吉と申す、やくざで、ございます」
 左手をついて、丁寧に、御叩頭をした。有村が
「うむ」
 と、頷いた。深雪は
(あんなに、威張って――)
 と、又、腹が立った。
(貴下方よりも、ずっと、庄吉の方が、よい人間でございます。武士の、士のと云って――人を見下げてばかりいて、本当に、やさしい心の人は、一人だっていないのに――それどころか、人の母を殺し、姉を殺し――)
 と、思ってくると、有村も――益満さえ、憎くなってきた。
「深雪と一緒に、叡山へ行ってくれんか、墓詣りにの。すぐ立てば、白川へは、夜に入らぬ内につくであろう。気晴らしに、行って来るがよい」
 庄吉は、俯向いたまま
「はい」
 と、答えた。
「その間に、わしは、同志と打ち合せをしておく。或いは、小太
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