のお心の百分の一にも当らぬことに、一生を賭すなどとは、少しちがうぞ。わしが、貴様を、救おうともし、救わぬかもしれぬと申すのも、この大きい目当の邪魔になるかならんかが、その岐《わか》れ目だ。判るだろうな、小太」
「よく――よく判る」
 と、小太郎は、大きく、頷いた。

「判るか」
 益満は、微笑して
「男子、天下の難に赴く、事の成否を論ぜず、善悪を問わず、ただ、勇躍して、死地に入るのみだ。元亀、天正に謳われた、薩摩隼人の意気を、今や、再び、天下に示す時だ。小太郎、嘗ては、身の軽輩に生れたことを嘆じたが、今日では、軽輩であるゆえに、仕事の仕甲斐があると申すものだ。馬鹿老中、馬鹿大名のできぬ仕事を、素町人並に扱われていた軽輩が、しでかすのだ。千載一遇の時期とは、かくの如き時世だぞ。京へ入ってみい、天下の浪人が、風を切って歩いている。五年前に、京都所司代が一睨みすれば、ちぢみ上っていた浪人共が、あべこべに、所司代を脅かしておる。五年後には、何うなるか? 俺は、それを思うと、じっとしておられん。小太、共々に力を合そうではないか? 牧を討つのはよい。然し、討たずともよい。天下のことも、死をもって当らなくてはならん。同じ死ぬなら天下のために死ね。今の時世に於て、只一つ正義は、大義は、徳川を倒して、王政を復古させることだ。よし、破れても、天下対手にして、破れるのは、男子の本懐ではないか? 謂わんや、天下の勢いとして、吾等がよし破れようと、必ず後継者の起る以上、男子として、武士として、この志に赴くのは快心事ではないか。のう、卿等、碌々人によって事を為すの徒、燕雀何んぞ、大鵬の志を知らんや、という語があるの――」
「子|曰《のたまわ》くにございましたかね」
「これで別れよう。深雪、わしと、京へ行って、小太郎の便りを待て」
「はい、でも――父の墓へ、一寸――」
「墓へ詣って父が喜ぶか、天下のために働いて、父が喜ぶか、女子などの知ったことか。わしの指図に従え」
 小太郎は、心の中で
(益満にあずけおけば、家の名ぐらいは、残るであろう――それがいい)
 と、思った。
「深雪、益満に、万事任せておけ」
「はい」
「庄吉」
 と、益満が呼んで
「深雪の供をして参れ」
「ええ――然し、若旦那を――」
「それでは、小太郎について行け」
 南玉が
「一向、手前には、御指図がございませんが――」
「貴様、この水の中へでも潜っていろ」
 南玉は、首を一つ振って
「手前は、講釈師で、水芸師ではございません」
「若旦那御一人じゃあ、ね――師匠、俺《おいら》が、若旦那にくっついてくよ。深雪さんは、益満さんに、あずけときゃあ、大丈夫だ。二人で、一番、牧の野郎の睾丸《きんたま》へでも、ぶら下っちまおうじゃねえか」
「鼻を齧るのはよしたか」
「お嬢さん、命があったら、又――」
 と、庄吉は、笑った。小太郎が
「両人共、深雪について参れ」
「いやだ」
 と、南玉が、首を振って
「俺、その刀をもらって、金のかたにせんとのう」
 と、云って、横を向いてしまった。益満が
「庄吉、ついて参れ。小太郎一人でよい。牧の消息を知ってからのことにして、遅うはない、ついて来んと、深雪を、島原へ、叩き売ってしまうぞ。ついて来い、ついて来い、とっとと、ついて来い」
 益満は、節をつけて、ついて来い、といいながら、歩き出してしまった。深雪が
「お兄様」
「行けっ、心配すな」
 益満は、足早に、四人は、そろそろと、橋の上を歩いて行った。

 瀬田の橋の下に、もう、一刻近くにもなるであろうか、小舟が一艘《いっそう》、じっと、していた。
「この湖から、竜宮へ通じるというが、こうして見ていると、成る程、綺麗な水で、何かが、水底にありそうだの」
 一人の船頭が――姿は、船頭であるが、武士の言葉で、こう低く云った。
「うん」
 一人は、腕を組んで、眼を閉《つぶ》って、身動きもしなかった。二人とも、頬冠りをしていたが
「一度、様子を見るか」
 と、水の面から眼を放すと
「ああああ、畜生っ」
 と、欠伸をしてから
「もう、来なくちゃならぬ、陽ざしであるが――」
 と、呟いた。
「追っつけ来るであろう」
 一人は、未だ眼を閉じたままで、答えた。
「待つ身になるな、虫の声、志賀の都は、荒れ果てて、か。山崎西に去れば、桜井の駅、伝う、これ楠公子に別るるのところ」
 小声で、詩を吟じかけた時、馬蹄の音が、橋板一面に響いて、水の面へ拡がって、京の方から、聞えてきた。眼を閉じていたのが、腕を解いて、眼を開くと
「有村」
 二人は、ちらっと、眼で、語り合うと、すぐ、艪《ろ》をとって、艪臍《ろべそ》へ落した。静まり返っていた水が、左右へ揺れて、うねりが、だんだん拡がると共に、舟は、橋の下を離れて、湖心の方へ、すべり出した。
 有村は、
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