、京の町中は一望の下に」
 益満は、それに答えないで
「牧の消息は、判っているのか」
「大阪らしいが。とにかく、叡山へ行って、牧が、修法を済ませたか、済ませぬかを見届けた上で、いずれとも、考えようと思う」
「警固の手配などは?」
「判らぬ」
「わしを、頼みにはしておらんであろうな」
「しておらぬ」
 小太郎は、そういって、微笑した。
「女だの、仇討だのと、申すものは、小太、ちょいちょいとして、ちょいちょいと、済ましてしまわんといかん。男子一生の精魂を傾けて為す程のことではない」
 庄吉が
「旦那、お春は?」
 益満は、見向きもせずに
「無事だ」
 と、云って、小太郎に
「わしの、今度、京へ上るのは、小太」
 益満は、声を低くして
「倒幕の機運が近づいたからじゃ」
 小太郎は、じっと、益満の眼を凝視《みつ》めて、頷いた。
「江戸で入用の金をな、取りに――何んと、庄吉」
「へい」
「あの調所が、一生かかって積立てた金が、我等同志の役に立つとは、不思議なことではないのか。調所が、自害せなんだなら、今でも、手がつけられんが――こう考えてくると、巾着切一人の手柄だの」
「益満さん、その手柄に免じて、一つ、小太郎さんを、お助け下さいませんか」
「暇があればの。わしは、今夜、三条小橋の池田屋で泊る。七日、十日は、逗留しておろう。万一の時には、知らせるがよい。当にせんとな」
 小太郎は、頷いた。
「深雪、わしと一緒に、京へ来るがいい。ついておっては、兄の働きの邪魔になるぞ」
「はい」
「忝ないが、いつも申す通り――わしは、他人の世話にばかりなって、つくづく武士に愛想のつきているおりだ。せめて、牧を討って、それを申訳に残して、妹と二人で、あの世へ――」
「たわけたことを申すな」
 と、益満が、怒鳴った。

「男子の尊ぶべきところは、その意気にある。百難に屈せぬ意気にある。貴様の心は、素直であるが、少しの余裕もない。素直は、一つの善であるが、善のみでは、この世に処して、値打ちが無いぞ。善を行うに勇、勇を行うに明。よいか。勇は、勇そのもののみで、値打ちだぞ。その勇がよし、悪を行うにしろ、悪に徹するだけの勇力が、もしあれば、その悪は、万人嘆称の悪だ。いいや、悪に対する嘆称ではなく、悪を徹底せしめたるその勇気を、嘆称するのだ。貴様の勇に、これだけの覚悟があるか? 庄吉の手を借りるのは済まぬ、とか、仇討の者が、女に手を出しては、汚れるとか、孔孟の弟子みたいな考えで、この乱れんとする当節に、物の役に立つか?」
「そう云ったって、貴下――」
 と、南玉が、口を出したのを
「黙れ、駄講」
 益満は、退けて
「もし、牧を、首尾よく討ったとしたなら、その後、一体、小太は、何を目当として、暮して行く。島津に対して、いかにも、牧は悪逆の徒じゃ。これを誅するのは、善にして、勇なるものであろう。然しながら、天下の形勢は、島津をして、薩南|偏僻《へんぺき》の、田舎者のみにしておかなくなったぞ。徳川に代って天下をとるか? 取らぬか? よし、取るにしても、取らぬにしても、島津は、今や、天下の島津だ。世界万国に対して、将軍よりも、斉彬だ。よいか、吾々、島津の家来は、島津家一家に対して、忠であると共に、天下に対して、大いになすべき使命があるのだ。片手に牧を討って、片手に、天下の蒼生を救うのだ。黒船の来襲、これを、小太、誰が救う?」
「手前の踊で――」
 と、南玉が云って
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瀬田の橋から見渡せば
矢走の船も、帆をハリス
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 と、口|吟《ずさ》みながら、それでも、その眼は、情熱をもって、益満を凝視していたし、その耳は、一語を、一句を、頭の中へ、滲ませていた。
 庄吉は、欄干へ片手をのせて、その上へ顎を置いて、清冽《せいれつ》な水を眺めながら
(うめえことをいうわい)
 と、感心していた。深雪は、時々、通りながら、じろじろ眺めて行く旅人の眼を避けて、庄吉と同じように、湖水を見ながら――だが、その心は、益満の話を聞きながら
(本当に――)
 と、思ったり、そう思うと、小太郎の、父に似た頑ななところを、早く、益満のように、捌けてくれたらと、思ったり、俯向いている小太郎を、眼の隅で見ては
(何んとか、云えばいいのに)
 と、兄の肩をもったり――していた。
「わしは、徳川倒壊のために、西郷吉之助等と、力を合せて、江戸表にて、事を起そうと企んでおる。その起す事の第一が、小太、驚くな、押込強盗をするのじゃ」
 四人が、一斉に、益満の顔を見た。
「悪事であろう。押込は――然しながら、ここから、倒幕の火の手が上って、それが、天下のためになることなら、即ち、勇を振って押切るの一手だ。悪にして、大善。大道、大義に通じるものじゃ。牧一人を、終生の目当として、斉彬公
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