きなお》しに叡山登山の条《くだり》、ての」
「いろいろと、忝ない。急げば、明後日には、京へ入れようが、その足で、とにかく、叡山へ参ろう」
「では、若旦那、大津から坂本へ出まして、そこから」
「そう」
小太郎は、頷いて
「父の墓参も致したいし、義観と申す、命の恩人にも、礼を申したい」
「お兄様」
と、深雪が
「お姉様の、お墓は?――何処に、ござりましょうか」
「綱手か――墓はない」
「では、埋めましたところは?」
「知らぬ」
深雪は、俯向いた。四人は、暫く黙っていた。深雪が
「妾、お姉様の、笄《こうがい》と、肌襦袢とを、持って参っておりますが、それを、お父様の、お墓の横へ――お墓を立てましては?」
「姉の墓よりも、己の墓のことを考えい。今度の旅は、死出の旅と、同じであるぞ」
「はい」
「庄吉に、吾々と一緒に、葬ってくれるよう、頼んでおけ」
「はい」
庄吉が
「あっしらの骨も一緒に、その義観って、ずく入《にゅう》に、頼んじまおうじゃござんせんか。四人心中の墓ってね。一人二人は、面倒臭えや、師匠も、死ぬだろう。もういい齢だから」
「うむ、齢と一度、相談してきめようかの」
「俺、とにかく、牧の鼻を、齧るんだ」
庄吉は、右肩を、聳かしていた。
「旦那へ」
と、駕屋が、瀬田の橋の真中――小さい森が、橋と、橋とをつないで、湖の中へ突き出ているところで、肩をかえながら
「旦那あ、御武家じゃございませんけ」
と、聞いた。
「うむ、町武家と申してな、江戸の流行物《はやりもの》じゃ」
「へえ、町武家?」
「黒船以来、町人の武家ができた」
「えらい騒ぎだそうでございますな、黒船って奴で」
「京は、何うじゃ」
「京は旦那様、うっかり、夜も歩けやしません」
「辻斬りか」
「いいえ、辻斬りは、出ませんが、生首に躓《つまず》くんで」
先棒が、じっと、益満を見ていたが
「旦那あ、何んだな、俺の睨んだところでは、関東の隠密だな」
と、云って、首を傾けて
「そうでござんしょう」
「そう見えるか」
「そりゃ、人を見て、飯を食ってるんでござんすから、それくらいのことは、こう睨むと、外れませんよ」
「俺も、そうらしいと思った。旦那、用心なさいまし、京は、そら、志士って奴が、のさばり返っていて、お上《かみ》の者と見ると、ばさりと、やるそうでしてな。この間も、そのために、彦根のお侍が、大分、お入りになりましたが、何うも、江戸も、京も、物騒になりましたな」
「うむ」
「さ、行こうか」
駕屋は、手拭を、棒鼻へかけて、肩を入れた。
「あれが、叡山か」
「へえ」
益満は、一日先に立って行った小太郎が、何うしたか?
(道中一本筋で、何っかで、逢う筈だが)
と、思いながら、駕の中で、腕組をして、凭《もた》れ込んで、じっと、叡山を、眺めていた。
(先に、叡山へ行ってみるか、それとも、京へ寄って、牧の行方を聞いてみるか?)
益満は
(助太刀をしてやりたいが、俺の仕事を、まず片づけてから――小太郎一人を殺したとて、牧一人を討ったとて――それは、天下の形勢に、何んでも無いことだ。俺は、今、天下のために、働かねばならぬ。天下には、今、俺でないと出来ぬことがある。西郷でないと、やれぬことがある。天下の勢いも勢いであるが、それを導くものは、人物だ。大義、親を滅す。小太郎のことは、余力で為すべきだ)
益満は、叡山から、眼を放した。そして、そのまま、じっと、眼を閉じて、考え込んでいた。
「はい――はい」
駕が、誰かに、声をかけて、通り抜けたらしかった。その刹那
「おやっ」
と、いう声がした。益満が
(南玉に似た声――)
と、感じた時、駕の後方に、走って来る足音がして
「益満さんでは?」
益満が、駕の中から、振向くと、南玉が
「矢張りそうだ」
と、いうと、すぐ、後方へ
「若旦那」
と、叫んだ。益満が
「駕屋、とめろ」
と、云った。
「駕屋、橋詰で、待っていてくれんか」
益満は、行手の方を指さした。二人の駕屋は、深雪を、じっと眺めてから、囁き合って、去って行った。
「ところも、瀬田の唐橋で、手前に大津とは、紀妙寺《きみょうでら》、へい、今日は」
南玉が、御叩頭をして、後方を振向くと、庄吉が
「何うも――今日、逢えるか、明日、逢えるか」
「お久しゅう存じます。お変りござりませぬか、その節にはいろいろと――」
と、深雪が、丁寧に、手を膝へおろして、挨拶するのを
「小太、一寸来い」
益満は、大声で、小太郎へ叫んで、欄干へ凭れかかった。小太郎が、静かに近づいて
「いろいろと、世話をかけたらしいが」
「大津から、叡山へでも行くのか」
「そのつもり」
益満は、頷いて
「わしは、真直ぐに、京へ入る」
南玉が
「いかがでしょう、一寸、叡山参詣は? 四明から見下ろすと
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