封を切って読んで行くと、微笑して
「あはははは、西郷め、大きな図体を、持て余して、居やがるぞ」
 そう云って、披げたままの手紙を、二人の前へ投げ出した。二人は、少し読んで行くと、笑顔になって
「面白いが、ちと、手荒いの」
「御用盗とは、よく名づけた」
 富士春は、鏡台の前で、鬢《びん》を掻き出しながら
「何んの手紙?」
 一人が
「女、童《わらべ》の知ることならず」
 と、台詞もどきに云って
「行かずばなるまい」
 益満は、手紙を、引きとって、巻き納めながら
「調所《ずしょ》の残しておいた金が、かようの役に立とうとは、不思議なものじゃ。一つ、京へ上って、四五千両せしめて来るか」
 そう云いながら、手を延して、付木をとって、煙草盆の火をうつすと、手紙の端へ、火をつけた。
「ああ、今、そんなことをしては、髪が、大変――」
 と、云って、富士春は、片手で、髪を押えながら、片手で、鏡台を、左へやって、二三尺も、避けて、頭の上で、片手を振った。

「俺も、同じようなことを考えていた。こんなことを考えるのは、俺のような乱暴者ばかりかと思っていたが、人間の考えというものは、一刻早いか、遅いかだ、のう。俺が、これを始めたなら、幾人、俺もそう考えていた、という奴があるかしれん」
 益満は、手紙の灰を見ながらいった。
「何かい、商売でも、あるのかえ」
「うむ」
 一人が
「姐御《あねご》、って、商売だ」
 と、いうと、富士春が、振向いて
「いいねえ」
 と、笑った。益満が
「明日にも立とう」
「立とう、とは?」
「上方へ」
「ええ?」
 富士春は、周章てて、肩を入れて、襟を直しながら
「又、急に――」
 と、益満の方へ、膝を向けた。
「一月、膝っ小僧と、寝てりゃいいんだ」
「いやだよ――妾ゃ。厭《いや》だよ」
 富士春は、煙管へ手を延して、煙草をつめかけた。一人が
「三人では、然し、心細いの」
「同志は、いくらもある」
 益満は、富士春のつんとした顔へ、笑いながら
「此奴《こいつ》との流しも、いざといえば、こういう時のためと、人の勝手元から、家内の模様を見ておいたが、案外早く、役に立つ時が参った」
「そりゃ、何んの話だえ」
「女、童の知ることでない」
「変な台詞、よしておくれよ――妾ゃ、厭だよ――何処まででも、くっついて行くよ」
「それもよかろう」
 益満は、そう笑って
「それでは、上方への路銀を、一つ、名越で、いたぶって来るかな」
 と、呟いた。
「お前さん」
 と、富士春が言葉を鋭くして
「妾を、棄てるつもりなのかい?」
「時と場合、義理と道理とによりましてはな」
「妾ゃ、戯談にいってるのじゃないよ。庄吉に――棄てられて、又――」
 富士春は、涙声になっていた。
「ささ、その嘆きも御尤も」
 益満が、仮声《こわいろ》をつかった。二人の浪人は、腕組をして、天井を眺めていた。
「た、たよりないったら――お前も、茶化してばかりいて、頼りないし、妾ゃ――妾ゃ、この齢で――」
 そういうと、袖を目へ当てて、泣きじゃくった。一人が
「お春さん――益満は、そんな、薄情者じゃない。安心して――」
「頼りのうて――この齢をして、これから先、何うなるかと思うと――心細うて」
「わしも、金が無うて、心細うて――」
 益満は、富士春の真似をして
「あったら、白粉を、三文方台なしにして――はい、行って参じます」
 と、富士春の側を通って、出ようとした。富士春が
「お前さん」
 と、延す手を、素早く避けて
「金を、小判というものを、たんと土産に致します。泣かずに待っていやしゃんせ、チチントンシャン」
 と、唄いながら、出て行ってしまった。

  同じ道に

 斉興公の供の中へ加わって、京都の藩邸へ着いた月丸は、湯から上ると、庭へ出て、月を眺めていた。
(わしの地位として、齢として、手柄は十分に立てた。然し――)
 月丸は、月の明りの中に、黒々と聳えている叡山を見て
(綱手を、手にかけて――それから、七瀬も――)
 と、思うと、初めて契った叡山の夜が、悔恨と、なつかしさとを混えて、想い出されてきた。
 庭の立木の、朦朧《もうろう》としたのが、何んとなく、二人の怨念を含んでいるように感じられた。
(叡山へ登って、八郎太の、あの墓の中へ、綱手の鏡を、埋めてやったなら――)
 月丸は、己の功名のために利用はしたが、好きであった綱手のために、あの世において、いい目を見せてやろうと、思った。
(鏡――そうだ、当時は、肌につけていたが、いつの間にか――何処へ行ったか――探せば出て来るであろう)
 月丸は、二人で登って行った時のこと、お堂のことを思い出すと
(そうだ、あの坊主、あの坊主)
 月丸は、悲しい、呪わしい叡山の記憶の中に、黒く、口惜しさの現れてきたことに、腹が立ってきた。

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