者島津斉興が、今も猶大出来者か、或いは又、大不出来か、ちらり、ほらりと、雨夜星、琴平湯の、浴槽《ゆぶね》にて、弁慶床の店先にて、人の噂に聞きつらん。例の、お由羅に丸められて、昔時の俤《おもかげ》や、今、何処にかある。忠勇義烈の勇士をば、させもさせたり、しもしたり、三千と三百八十人、並べておいて、腹を切らした――とは、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]じゃのめの傘で、ちっと披げすぎたが、当時、評判のお話じゃ――ところで――」
 南玉は、湯を一つ飲んで、羽織を脱いで、後方へすてると、腕まくりをした。
「ところが、ところで、このところ――拙、南玉が、あら不思議、この御家騒動の後ろ楯、万事の采配を振っている――えへん、ただの講釈師とは、講釈師がちがう――お聞き及びの、呪い殺し、あれは、兵道の名誉、牧仲太郎の仕業であるが、これを討つのが、仙波小太郎、これを助けて、桃牛舎南玉、いよいよ、牧を討取ろうという段取りになったが――」
 と、云って、右手の指で、丸をこしらえて、突き出して
「これが無い。そこで、考えたのが、あの表のびらだ。桃牛舎南玉一世一代、此世の名残、長講二席、多年の、お馴染甲斐で、きっと、引っかかって来やがるだろう、かかって来たなら、しめ子の兎、一人頭に、二三十文ずつ、絞り上げても、路銀の足しになると――恐れ入ったる智慧袋、呆れ返った無心沙汰――」
 南玉は、こう云って
「香奠《こうでん》をやると、思《おぼ》しめして――」
 と、いうと、高座から、前へ、ひらりと、飛び降りた。そして、扇を右手に、左手は、掌を披げて
「はい、お頼み申します」
「何あんだ――畜生、人が食ったことを、吐かしゃあがって――」
 と、一人が、笑った。
「いや、おかしいとおもったよ。然し、師匠が、浪人者を見てるって話は、聞いているよ。なあ、江戸っ子だ。※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]でもいいや」
「洒落《しゃれ》た事をするぜ。師匠らしくていいや、ほらっ――」
 誰も、笑っていた。そして、財布を出して、南玉の廻って来るのを、待っていた。
「本当に、師匠、行くのかい?」
 南玉は、真面目な顔をして
「ここ、二三ヶ月の内に、瓦版になって出ますよ。はい、有難う、はい、有難う」
 と、云いながら、人々の間を廻って、銭を手から袖へ、扇から袖へ――そして、一廻りしてから
「厚く、御馴染様に、御礼申し上げます。さあて――まだまだお早うござりますゆえ、かく、お銭の集まりましたる上からは、一つ、黒船おっ払いの、お呪いとして、南玉一世一代の踊を、御覧に入れます。後の世までの、語り草――いやあーっ、てん、てん」
 と、口で、拍子をとって、尻を端折《はしょ》った。そして、鉢巻をしめて高座へ上って、手をかざして、延び上りながら
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品川沖を、見渡せば
ハリスや、ハリス
帆をハリス
煙をハリス、黒船が
来たっ、こりゃ、ばかりで
腰が抜け
見たっ、こりゃ、ばかりで
胆つぶれ
[#ここで字下げ終わり]
 と、唄いながら、出鱈目に、踊り出した。

 益満は、掛物さえかかってない、小さい置床を枕に、仰向きに、寝ていた。二人の浪人者が、一人は、濡縁から、庭――それは名ばかりの、一坪あるなしの庭へ、足を出して、腹這っていたし、一人は、両腕に頭をのせて、仰向いていた。
「世の中に、退屈しているくらい、辛いことはないのう」
 一人が、こう云ったが、二人とも、黙っていた。暫くして、益満が
「小太郎のように、一心に、牧を狙っておれる奴は、幸だ」
 と、呟いた。
「近日、又、牧を捜しに立つらしいが、助けてやらんでよいのか」
「それを考えているが、俺の路銀を、南玉に皆くれてやったから――」
「あの、よぼ講釈師が行ったとて、何になる」
「俺は、俺で、又、名越から借りもできるが――俺は、ついでに、京都へ行ってみようと思っている。江戸が騒ぐよりも前に、京都の天地の方が、面白そうだ。吉田松陰が捕えられたし、佐久間象山が捕えられたし、斉彬公の御代になるのを待って、錦旗を乞うて、一戦仕出かすには、何うしても、京都へ一度行かんといけぬ」
 益満が、こう云った時、長屋の外で
「この店に、益満って人は、居るかい」
 飛脚屋の声らしかった。一人が
「ここだ」
 と、云って、起き上ろうとした時、富士春の声で
「ええ」
 と、聞えると、下駄の音がして、格子が開いた。
「お前さん、赤紙付の手紙だよ。一寸、印をついておくれな」
 富士春は、湯戻りらしく、襟白粉を濃くして、七つ道具を片手に抱えて、右手に、手紙を持って来た。
「おいきた」
 一人が、受取ると、益満が、矢立を開いて、朱肉を印へついて、手紙を、裏返すと
「うむ」
 と、云った。そして
「おい」
 と、赤紙を、富士春に渡して、
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