断に於て西郷に優る者なく、謂わば、これ、烏合《うごう》の徒だ」
「何?」
「俺はとにかく、一人で、江戸までの途中で、元兇共の一人でもいいから、討取りたい。又、京都の模様を見て、討幕の仕事にも、手を出したい。碌々、薩南の一隅で、議論倒れに日を送っている時節では、無いようだ。俺は、身分も低いし、身軽だし、こんな時には、便利じゃ。これから、西郷を訪うて、そうして、上方へ立とう。俺一人が抜けたとて、髪の毛一本抜けた程にも、感じまい」
 恭平は、こういって、立上った。
「大久保を斬れ」
 と、一人が、叫んだ。
「あいつが、吾々を、動揺させる元兇だ」
「馬鹿っ、動揺する貴様の尻でも、斬っておけ」
 と、樺山が、叫んだ。
「何うするんだ。立つのか、立たんのか」
 と、一人が、叫んだが、誰も、何んとも云わなかった。恭平が静かに出て行った。

  巷騒

「何を、騒いでいるのか?」
 と、小太郎が呟いた。深雪は、自分の着物、頭のものなどを、膝の前へ、揃えて
「さあ」
 と、表の方を見た。
 長屋の人々が、七八人――女も、男も、軒下に立って、不安な顔をし、口早に、喋っていた。
「その黒船って奴は、お前、何んしろ、船の中から、煙を吐くんだそうだ。煙を吐いて走る船なんてものが、あるものけえ。魔物の仕業だわな」
「そいつが、品川へ来るのかえ?」
「来るよ。来たら、何をしゃあがるか判らねえ、何んしろ、ギヤマンで、赤いものを飲んでるって噂だが、こいつは、人の血だねえ。天狗が、人を裂くっていうが、人を裂いて、血を吸うから、だんだん鼻が高くなるんだ。だから、あの毛唐も、鼻が高えや」
「じゃ、荷造りでもして、そろそろ逃げなくちゃ――お梅、お前、浦和の孫太郎のところへ、すぐ逃げて行け。何をされるか知れねえからのう」
「そうだ、ちゃんと、用意しておくのに、越したことはねえ」
 長屋の人々が、そうした噂をしている間に、表通りを、荷車に、家財をつんで、通る人があった。
「若旦那」
 と、一人が、表から
「黒船が、参りよりまして、江戸中、灰になるかも知れませんぜ」
「黒船が、浦賀へ来たことか」
「へえ」
「あれは、通商を求めに、参ったのじゃ」
「通商って?」
「交易じゃ」
「交易?」
「うむ」
「交易って、何んでござんす」
「交際を致そうと申すのじゃ」
「へえ――物を云いますかい?」
「人間ではないか」
「然し、人を取って食うんでしょう」
「そんなものではない。日本人より、遥かに、利口な奴で、只今申した黒船の如きは、帆前船は、風をたよりで動かすが、あれは、石炭を焚いて、風が無くても、一刻《いっとき》に、十里、二十里と走る」
「本当ですかい」
「本当じゃ」
「落ちついていて、深雪さんみたいな、別嬪は、飛んだことになりますぜ」
 小太郎は、返事をしないで、側へ積み上げた着物、陳べた刀の類、調度を、眺めていた。
「師匠」
 と、誰かが、南玉が、来たらしく、声をかけた。
「黒船の話を聞いたか?」
「黒船か、うむ、
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黒船に、赤い毛をした奴が乗り
青い眼をして、白い歯を出す
[#ここで字下げ終わり]
 とは、何んなものだの」
「品川へ来るって話じゃないか」
「うむ――
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碧眼、紅毛が来たとても
シャスポー、エンピール、何んのその
岩をも通す、桑の弓
皆朱の長柄を、掻込んで
白銀造《しろがねづく》りの、太刀|佩《は》いて
馬上、ゆたかに、桃牛舎
南玉師匠が、乗込めば――
[#ここで字下げ終わり]
 はい、若旦那、乗込みましたよ」
 南玉は、踊りながら、入って来た。

「遅かったのう。何うであった?」
 南玉は、手を、横に振って
「駄目、駄目」
 深雪が、眉をひそめて
「困りましたな、お兄様」
「何処の、古着屋も、古道具屋も、皆、黒船騒ぎで、品物を買うどころか、あべこべに、売って逃げようとしておりましてな」
 南玉は、そう云って、懐から、小さい風呂敷を出して
「しかし、十五両がとこ、慥《こしら》えて参りましたよ。若旦那、又、厭な顔をなさるかも知れませんが、席亭から、借りた金で――牧の行方は、庄公の仲間も、骨折ってくれてますから、追っつけ知れましょうが、何んしろ、旅には路銀、これんばかしの道具や、着物を売った金では、心細うがすからな、いくら、南玉、張扇で、叩き出すからっても、先ず、持っているに越したことは、ございやせん。さ、お納めおきを願います」
「南玉、今生では、返却できんかも知れぬ。いつもながら、何んと申してよいか――」
 小太郎は、手をついた。
「若旦那、それがいけねえ。水臭いって云うもんだ。な、南玉は、ちゃんと、算盤玉を弾いての仕事だ。ようがすかい。若旦那が、牧の野郎に逢う。ちゃん、ちゃんとやって、首尾よく行けば、帰参でげしょう。そうし
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