と、云って、西郷が、笑った。
「益満とは――又、乱暴者を選んだの。何をするか知れん、彼奴は」
「困ったら、貴公が、尻拭いをしてくれ。俺は、大久保のように、じっと、考えておれん性《たち》だ」
西郷は、そう云って、笑った。
韃靼冬へ集まっていた若い人々は、西郷が来ないので、雑草の深い庭へ出て、草の頭をむしってみたり、縁側へ寝転んで、美少年の噂をしたり、懐から、日本外史を出して読んだり、それから、七八人の人々は、見取図を書いて、何う襲撃したらいいかを話していた。
町から、登り道になって、だんだん淋しくなってくる韃靼冬には、二人の見張が出ていて、同志以外の者の来るのを見張っていた。その一人が
「誰か、走って来よる」
と、木の間の中で叫んだ。一人が
「俊斎だ」
と、じっと、凝視めていた。
「俊斎だ」
俊斎は、眉を歪めて、口を開いて、喘ぎながら、右手で袴を掴んで、左手で刀を押えて、走って来た。一人が、林の中から
「水」
と、叫んだ。俊斎は、ちらっと見たまま、走り抜けようとした。
「水」
それは、合言葉であった。俊斎は、答えないで、走り抜けてしまった。
「待て」
見張が、叫んで、走り出ると共に、俊斎が振向いて
「たわけっ」
と、睨みつけて怒鳴った。
「然し、合言葉を」
と、見張が、云ったとき、俊斎は、もう、七八間も、走ってしまっていた。
「自ら、盟約を破って――有村は、いつもあれだ」
見張が呟いた。
「乱暴者は、仕方がない」
二人は、森の中へ、又入った。そこから、名越左源太の別荘、韃靼冬の屋根が、木の間に見えていた。俊斎が、その門をたたいて
「水っ――有村だ」
と、叫んだ。すぐ、門が開いた。庭の人々も、縁側の人々も、一斉に、有村を見た。そして
「吉之助は?」
と、聞いた。
「吉之助どころか、大殿は、明日にも、御出立になるぞ」
庭の人々も、座敷の人々も、俊斎を見、俊斎の方へ寄ろうとした。そして、俊斎が、座敷の方へ歩いて行くので
「集まれ、皆上れ」
と、叫んだ。
「西郷吉兵衛が聞いて来よった。俺は、それを聞いて、吉之助んところを出て、柴山へ寄ってみたら、矢張り、そうだと、いっていた」
「洩れたか」
と、一人が、絶叫した。そして
「吾々の襲撃を怖れてであろう」
俊斎も、人々も、立ったままで、丸くなっていた。柴山が
「座につけ、周章ててはいかん」
と、云った。人々は、刀を引きずりながら、それぞれのところへ坐った。
「洩れたものなら、もう捕吏《とりかた》が来ておらなくてはならん筈だ。洩れたのではない」
「では、何うしてだ」
「吉之助は、何故来ん」
「大久保は?」
人々が、口々に喋《しゃべ》り出した時
「俺は、一足先に、お暇する」
と、云って、立った者がいた。人々が見ると、伊牟田恭平であった。
「俺は、脱藩して、途中に待受けて、お由羅を討つつもりだ」
静かな言葉であった。
人々は、暫く、恭平の顔を、じっと、眺めたままで、黙っていたが、有村が
「俺も、そう考えている」
と、いった。
「それがいい」
と、人々が叫んだ。
「俺も行こう」
一人の若者が、黒い刀をとって、立上って叫んだ。
「厭だ」
恭平が、睨みつけて
「俺は一人でやるんだ。束になって、やりたい奴は、同志を集めてやるがいい」
大山綱良が
「何をいう、伊牟田」
「吉之助が何んだ。吉之助が、来んで、事を挙げられんなら、吉之助が死んだら、何うするのだ。俺は、俺一人でやる。お先に、御免蒙る」
「有村、西郷は、何うした? 伊牟田、待って、話を聞いてからでも、遅くはない。濫りに、結束を破ると、俺が、捨てておかんぞ。坐れ」
大山が叫んだ。
「大久保が、丁度来よって、例の産業立国論を――忘れていた、忘れていた」
俊斎は、高い声を出して
「斉彬公の御世嗣は、決定したらしい。大殿の御出府も、このことのためらしいが――」
「誰に聞いた?」
「吉之助に――」
「吉之助は、家におるか?」
「居る」
「そして、彼奴は、何う申している。何故、ここへ来ん」
「斉彬公の御代となっても、奸臣は、罰されまい。奸臣を処罰することは、大殿の非を、世上へ示すようなものだ。謂わんや、奸臣を討つの、斬るのと、既に、近藤崩れがあった上に、又、家中に紛擾を起しては――」
「それは、口賢《くちさか》しい、大久保の意見ではないか?」
「正義のために、奸臣を斬るに、何を、世上を憚るのだ」
「出府の時日を、確めて、一挙に立とう。西郷が、反対なら、反対でよい」
「そうだ」
人々は、口々に叫び出した。有村が
「俺も、途中でお由羅を討とう。恭平、どっちが早いか、やろうではないか」
伊牟田は、それに答えもしないで、暫く黙っていたが
「見渡すところ、その議論に於て、大久保に優るものなく、その明
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