たなら、この金に、利子をつけて――ね、深雪さん、倍にして、返して下さるでしょう」
「いや、その時には、南玉、百両にしても、礼を申すが、まず、望みの無いことじゃ」
「斬死すると、仰しゃるのでしょう」
「うむ」
「その時のことも、ちゃんと、心得てまさあ。その刀が、青江助次で、何う安う踏んでも、三十両。こいつだけ拾ってもどりゃ――え、若旦那、こんなものだ。十五両、おつりがくらあ。安心して、お使いなせえ」
 小太郎は、微笑して
「そうか。この刀をのう。そうか」
 と、刀を見て
「安うても、七、八十両にはなろう。死んだなら拾って参るがよい。今、改めて、師匠に譲ろう。そうじゃ。庄吉には、小刀の貞治信綱を譲ろう。成る程、よいところへ、眼をつけた」
「困ったなあ。今のは、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]でげすよ」
「いや、志はよく判っておる。礼ができんで、苦しゅう思うていたが、教えてもろうた。わしが、斬死したなら、二人で、大小を分けてくれ。それでは、明朝、早々に、出立するとしようかの」
「ところで、お上じゃ、浪人を募集していますね。支度金十両くれるって、一番、金だけもろうて、ずらかったら?」
「それもよかろう。南玉、そちが、応募してみては」
「小父様、張扇で、お対手仕る」
「やっとうが出来るなら――口だけじゃ、何うもね」
「と、仰しゃいましては」
 と、深雪が、笑った。
「ささ、この扇、扇がお役に立つならば、叩いてお金が、出るならば、益満さんから、借りないに――」
「南玉、何んと申した」
 南玉は、きょろきょろと、四方を見廻して
「庄吉、何うした?」
 と、叫んだ。
「南玉っ」
「出鱈目を、一々、若旦那。本当に、益休と、つきまぜてえや」
 小太郎は、俯向いた。隣長屋が、荷物を造りかけたらしく、物音が、床板へ響いて来た。

[#ここから3字下げ]
当節、世間で、恐いもの
安政地震に、神田火事
水戸の親爺(烈公)に俺が嬶《かか》
浪人、ころりに、鼠取り
人の女房を口説く時
女郎の手管に、鈴ヶ森
オランダ、アメリカ
オロシャ船
[#ここで字下げ終わり]
 流しの唄が、後方に、聞えていたが、庄吉には、気がつかなかった。
(あいつの、懐中物を――)
 小太郎と、深雪とが、日数の定まらぬ旅へ立つ路銀に、物を売るのを見て、庄吉は、決心した。
(仕納めだ)
 と、思った。
(いいや、手はじめだ。右手は、いつ、仕事仕舞いをしたか?――そうだ。若旦那の、印籠が、お仕舞いだったが、左手は、初めてだ。左手のかんで、何のくらいやれるものか?――仲間の奴も、見てやがるだろうが、庄吉、一世一代の仕事の仕始めの、仕納めだ。今までだって、俺は、悪事をしたことはねえが、今度の金も、お二人への金だ)
 庄吉の蹤《つ》けて行く人は、町家の旦那らしく、結城紬に、雪駄の後金を鳴らして、急いでいた。往来の人々は、誰も彼も不安そうに、急ぎ、口早に話し合っていた。家の中で、荷造りしているところが、所々にあった。
 庄吉は、右の軒下を、足早に――だが、目立たぬように急いで、その男を追い抜いてしまった。そして、小半町も先へ行って、くるっと振向いて、その男の正面から、俯向きつつ歩いて来た。
 久しくしなかった仕事に、心が顫えた。初めて左手を使うということに、不安があった。だが
(俺が、仇に使おうって金じゃねえ。難儀していなさる、お二人を救おうって金だ。なあ、観音さん、阿弥陀さん。御利益を垂れんと、眼が潰れるぜ」
 とんと、軽く、ぶっつかっておいて――首からかかっている紐を切っておいて、懐中物を抜く――それは、左右の手を使っても、困難な仕事であったが、庄吉は
(逃げられさえすりゃいいんだ)
 と、すぐ、追われるのを、覚悟していた。そして、俯向いて
[#天から3字下げ]当節、世間で、恐いもの――
 と、首を振りながら、右肩を上げて、商人《あきんど》の正面から、突っかかろうとした時、商人が
「ああっ、もしっ」
 と、叫んだ。庄吉が、眼を上げると、吉公の後姿が、行きすぎようとしていて、商人が、それへ、手を出して、追い縋ろうとしていた。庄吉は
(吉だっ)
 と、思った瞬間
(俺の仕事の邪魔を――そうじゃねえ、吉め、此奴を、俺がつけていると知って、俺の代りをしてくれやがったのだろう)
 と、判断した。
「もしっ」
 商人が、顔を、少し、蒼白めさせて、そう吉に呼んだ時、庄吉は、商人に、どんと、ぶっつかっていた。
「おう、危えっ」
 庄吉は、よろめいて、同じように、よろめいている商人に
「まごまごするねえっ」
「済みません」
 口早に、いって、もう七八間も離れて、振向きもせずに行く吉公へ
「待てっ」
 と、商人が、叫んで
「泥棒っ」
 駈け出そうとする商人へ
「この野郎っ」
 庄吉は、左手で、袖
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