んと掛合いましても、福岡では、知らぬと突張っております。それのみでなく、宇和島殿と共に、閣老を動かして、いよいよお上の御隠居を、強制するようでござります」
「強制?」
と、云って、唾を吐き、水で漱《くちすす》ぎ終った斉興が
「わしにも、それなら手段《てだて》がある」
お由羅が、長煙管を、斉興に差出した。
斉興は、それを吸いながら
「第一、無理に押しつけられる性《たち》のことではなかろうがな、将曹」
「それが――例の、密貿易《みつがい》の書類、あれで、詰腹を切らそうと、某は、そう観ておりますが――」
斉興は、暫く、喫っていたが、吐月峯《はいふき》へ、雁首を叩きつけながら
「奇怪な計をやる」
と、呟いた。
「それから――例の、軽輩の秋水党、こいつ奴《め》が、又二の舞を演じて、某らを討取ろうと――」
と、云って、お由羅の顔を見て
「お部屋を第一番に斬ろうと、よりより集まっておるとのことにござります」
「誰々じゃ、その軽輩等は?」
「名が判りませぬが、西郷とか、有村とか、大久保などの輩であろうと存じます」
斉興は、眼を閉じていた。
「なかなか、重立った者を処分したくらいで、治まりそうにもござりませぬ」
斉興は、煙管をお由羅の方へ差出したが、未だ、黙っていた。
「それで――某、一存でござりまするが、早々、一旦、江戸へお戻りになりましては――御家督のこともあり――恐らく、近々、閣老より、御呼立ての沙汰があろうと考えますが、その前に、御出府なされましては?――」
「秋水党は、幾人くらいおる?」
「さあ――詳しいことは、何うも申し上げられませぬが、若者の重な奴は悉《ことごと》く入っておる模様でござります」
「そして、妾をねらって――妾をねらっておる者は?」
「悉《ことごと》くの奴が、ねらっております」
お由羅は、歯の抜けた昨夜の夢を思い出して
(不吉な)
と、感じた。そして
「何れ、近々、出府するものなら、早く為されましては?」
斉興は俯向いていたが
「そうか」
と、云って、眼を閉じた。
「そんなに、若い奴等が、団結しておるのかのう」
三人とも、若い人々の意気、武芸、学問を知っていた。
「そうか」
と、斉興が、又呟いた。
「四面楚歌《しめんそか》か」
「いいえ、左様ではござりませぬが」
と、将曹が云いかけると、斉興は、肩で溜息をして
「仕方があるまいな」
「仕方があるまい、とは?」
「家を譲ることじゃ。斉彬は大事でないが、家は大事じゃ。若者は殺せぬ――斉彬は、そんなに、若者に人望があるのかのう」
斉興は、しみじみと云った。お由羅は、俯向いて、煙草をつめた煙管を、膝へ置いたままにしていた。
「西郷」
と、声をかけて、庭の雑草の中を、有村俊斎(後の海江田信義)が、入って来た。吉之助は、何か書物《かきもの》をしていたが、俊斎を、ちらっと、上眼で見て、又、書きつづけていた。有村は、縁側から上って、机の側へ坐った。そして
「何を、書いている?」
吉之助は、筆を置いて
「福岡から――出雲守からの便りを聞いたか?」
「聞かん」
「福岡(斉彬の弟、黒田美濃守長博)、宇和島(伊達遠江守宗城)、南部(南部利剛)の三公と、阿部伊勢とが、内々談合してのう、近日、斉彬公御世継と決まるらしい」
「本当か? それは?」
俊斎は、睨むように、西郷の眼を見た。
「出雲守は、そう申している」
「本当かも知れん。なら、目出度いことだ。赤山殿の魂魄《こんぱく》も、浮ぶことだろう――ところで、皆が集まっているが、出向いてくれんか」
「何処へ」
「韃靼冬《だったんとう》へ――御世継は、御世継として、何うしても、われわれ秋水党は、お由羅、将曹を初め、奸物を斬らんと、勘弁ならん――」
「誰々が、集まっている?」
「大山(綱良)、樺山(資之)、などだが、一緒に来てもらいたい」
「行こう」
「死屍に鞭うつということは、士を恥かしめる上において、この上無しとされているが、死屍を掘り起して、曝すなどとは、斉興公はともかく、将曹め、主君を恥かしめて悔無きの徒だ。かようのことが、世上へ洩れた時、何う恥辱を受けるか、己のみでなく、主を辱かしめ、家名を辱かしめ、八つ裂きにするより外に、申しようのない奸悪の徒だ。俺は、玉藻前を思い出した。お由羅という奸婦は、公の世子を呪い殺すどころか、あいつ、妊婦の腹を裂いて、赤子の生胆を取りかねまじき奴じゃ。美女には、得てしてああいう惨忍な、鬼畜がおる。今度のことも、あの女の指図かもしれん。わしらの企てが破れたなら、或いは油煮、鋸引きに処せられるかもしれんが、それを覚悟の上にて、彼等を殲滅《せんめつ》させるつもりだ」
「それでは――」
と、吉之助がいって、机の上の書類を、仕舞いかけた。
「何を書いていた?」
「斉彬公が、御世継とな
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