った。女中が、酌をした。
「今、一人来るんだ。一寸、待ってくれ、呼びにやってるから、お前さんの唄を、是非聞きたいって奴でね。つい、そこだから、すぐ来らあ」
そういっているうちに、手早く、金を包んで、富士春の前へ抛げ出した。
「二つ、三つで結構だ」
「有難う存じます」
富士春は、帯の間へ、鳥目を押し込んだ。
「いらっしゃいます方は、方と致しまして、何か一つ」
富士春は、三味線を抱えた。
「野暮に出来ていて、流行唄一つ知らんでの、よろしく、頼まあ」
「まあ、お固うございますこと。たまる一方で――」
「借金山となりにけりさ」
「まあ、御上手な――」
「口先だけは――言訳に慣れているからの」
「ほほほ、これは、とても、妾一人では、太刀打が」
「亭主と、束になって、押寄せるかの」
「亭主と、見えて、実は、いそ的で、へい」
と、益満が、引取った。
「いそ的と見えて、実は、色的で」
益満が、答えようとした途端、襖が開いて
「よっ」
「早かったな」
庄吉は、上座に布いてあった座蒲団へ坐ると、俯向いている富士春へ
「久し振りだな」
「ええ」
「冠り物をとれ。益満さん、一寸、話があるんだ。その暑くるしい奴を、取ってくんねえか」
「へいへい」
「厭なこと、いうねえ。へいへい、何が、へいへいだ」
「およしよ、庄さん」
富士春がとめた。
「何うかしてるよ、この人は」
「うん、何うかしてるんだ。人間、時々、何うかすらあ。手前も、何うかしてやがる。それよりも、おいっ、益満、手前が、一番、何うか、しちまってるぞ。何うか――」
「御勘弁を――」
「巫山戯《ふざけ》るなっ。もっと、前へ出ろ。そもそもだな。そもそもと、来らあ、こん畜生」
「お勇ましいことで、ござりますな」
益満が、にやりと、笑った。
「何、何、何っ――」
庄吉の朋輩が
「おい、話をするんなら、もっと、穏かにしろや」
「ほんとに、見とむない――お前さん、嫉妬なのかえ」
「黙ってろ、手前なんぞの出る幕じゃあねえ。幕へ出なさるなあ、お嬢さんだ。手前なんざ、奈落で、廻り舞台を担いでろっ」
富士春は、益満と、いつの間にか、後ろめたい関係になっていたので、庄吉の意気込みに、気圧《けお》されていたが、お嬢さん、と聞くと、自分が、着物を曲げてまで、苦労して来たことが、思い出されて
(五分と、五分だ)
と、思った。そして、そう思うと同時に、いつまでも、深雪深雪と、物にもならない娘っ子を、命がけで追い廻している庄吉に、情なさと、嫉妬と、腹立たしさが、起ってきた。
「そうかい――本当に、妾ゃ、縁の下の力持ちさ。腐った性根も知らないで、いろいろ苦労をしてさ」
「苦労は、手前ばかりじゃあねえ。義経だって、九郎と云わあ。うるせいっ、なあ、益満さん。お前さん、一旦、約束しておきながら、それも、他人とじゃあねえ、義兄弟と、ちゃんと、牧を討つと、約束しておきながら、今更になって、変更《へんが》えとは、一体、何うしたんですい? 今日も、小太郎の旦那が、深雪、操をすてて、牧の在所を、突きとめてくれ、小藤次に、肌を許したなら、聞き出せる術もあろうと、天にも、地にも、たった一人の妹の、操を破らせる話だ。そしたら、深雪さんが、はい、と、活溌《かっぱつ》に、聞き出しましょうって。お春のような、のべつに、操を破っている代物とは、代物がちがうんだぜ」
「おやっ」
「うるせいっ、おやおや、どっこい、すとひよっとこ。泣きもしねえで、はい、と答えた健気さに、益満さん、俺あ、肚の中で、泣いた」
「小藤次に、してやられて、口惜しいからだろう」
「黙ってろっ」
庄吉は、左手で徳利を掴んで、富士春を睨んだ。朋輩が
「よせったら――お春さん、暫く、黙って」
「ええ、でも、憎らしい、まるで人を、夜鷹かなんぞのように――」
「夜鷹? 手前なんざ、夜鳶《よとんび》だ、河童の屁玉に、のら猫だ」
「お上手で、恐れ入りやす」
益満が、笑った。
「笑い話じゃねえ。一体、武士が、一旦誓って置きながら、今更、知らん顔するたあ、ちっと、休さん、話がちがいますぜ。貴下は、命の恩人だ。だが、俺、もう命は要らねえから、返しますよ。ね、返しちまえば、五分と、五分だ。一体、何うしてくれるのか。小太郎さんも、深雪さんも、このまま見殺しにするのか、それとも、助けてくれるか、その返事が聞きたいんだ。返事の模様によっちゃあ、あっしにも、一寸、考えがあるんだ」
「へ、考えがね、凄うがすな」
「そのおかしな物いいをよしてくんな。そいつが、第一、気に入らねえ。昔の通りで、話をしてくれ」
「へへへへへ、只今は、身分がちがいます。昔は、昔、今は今」
「そうかい、何処までも、白っぱくれて、胡麻化そうというんだね。おい、益休《ますきゅう》っ」
庄吉は、懐から、白鞘を出して、畳の上へ置
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