ゃあ、奉行め、もし、若旦那を罪にしゃあがったら、高座で、奉行が袖の下を取って、罪のない者を、召捕ったと、御政道をめちゃめちゃにこき下ろしてやろうと――」
「袖の下などと、何故判る?」
「そりゃ、ちゃんと、上は天文から――」
「下夜鷹の湯巻に至るまで」
と、庄吉が、口を出した。
「実は、益満さんに、飛んで行きましたよ、何うしようかって――するてえと、先生|曰《のたまわ》く、捨てておけ、と。嚇《かっ》としましたよ。張扇で、叩き殺そうかと思いましたが、待てしばし。待て待てしばし、待てしばし。腹立つ胸を押殺して、こは如何なこと、益満殿――と、聞くと――今の町奉行ってのは、妾狂いをしていて、これが――」
と、南玉は、指で丸を作った。
「要るんで、お由羅方の誰かの指金で、捕らしたのだろうが、斉彬さんが、御家督ときまったと聞いたら、びっくりして、戻すだろうと――若旦那、そうでござんしょうか?」
「そうらしい。わし如き者でも、死罪にするには、奉行の一存では行かんからのう。老中、将軍の判がいるし、一応、薩藩へ、問い合わさなくてはならんからなあ」
「成る程、人の命だの、南玉の講釈なんてものは、尊うござんすからの」
「何、いってやがる。ところで、若旦那、すっかり、旅の陽焼けがとれて、いい男っ振りに、又、戻りましたねえ」
小太郎は、微笑して
「深雪、身体を拭きたいが」
「では、お風呂へ」
「いや、相談事があるし、取急ぐから」
深雪が、井戸端へ、立って行った。小太郎は、じっと、その後姿を見送っていたが
「不憫な奴じゃ」
と、呟いた。
「然し、何んて、やさしい、利口な方だろう、若旦那。もう、三十若いと、厭とは云わさんが――庄吉、無理はない、人の懐をねらうだけあって、手前、眼が高えや」
「こん畜生、いやな称め方をする爺だ」
と、云った時、深雪が、水を汲んで、戻って来た。
建込んだ長屋の、薄暗い、狭い部屋――それは、夏に近い夕だけに、四人も坐っていると、むっとするくらいであった。
「深雪」
と、小太郎が、顔を挙げて、鋭く云った。
「はい」
と、深雪が、周章てて、眼を上げた。
「操を、棄ててくれぬか」
深雪は、小太郎の眼から、眼を外らして、低く
「ええ」
と、頷いた。庄吉が
「何か、思案が、つきましたかい」
「小藤次の口から、牧の在所《ありか》を聞き出す外に、手段《てだて》はない。のめのめこうして暮していて、暮しにつまって、朋輩へ、無心に行ったり、又、思いがけぬ災難に逢ったり、或いは屋敷の者の手で、牧を討たしたくはない」
小太郎は、低く、こう云ってから、強い調子で
「父も、綱手も、死んだ。覚悟は、申さずともついておろう。小藤次に、肌を許して、牧の在所を聞き出したうえ、自害せい。わしも、牧を討取った上にて、お前の後を追おう――」
「若旦那」
と、南玉が云った。小太郎は、じろっと、振向いて
「止める事ならんぞ」
と、云った途端、庄吉が
「益満の野郎――命が惜しさに、急に、変心しゃあがって、今更、助太刀するの、せんのって、土台、あん畜生が、いけねえから、こういうことになっちまったんだ。俺《おいら》あ、もうこうなりゃ、承知できねえ。破れ、かぶれだ。あん畜生の首根っ子を押えて、うんと、いわすか、いわさんか。畜生、いわなけりゃ、鼻の頭を、齧《かじ》りとっちまうんだ」
庄吉は、真赤になって、怒鳴った。
「命の恩人だが、もう、こんな命は、要らねえから、要らねえ命を助けてもらったのに、恩も、へったくれもねえ。そうだろう、師匠」
「庄公、手前、嫉妬じゃあねえか。嫉妬なら、みっともねえぜ」
「馬鹿にするねえ。このもうろく講釈。女なんざ、泥溝へ棄てる程あらあ」
「深雪さんもね」
「うるせえ、俺、これから、益満の野郎を探して、いいたいことだけいって、鼻を齧って来るんだ」
庄吉は、こういって、深雪の、俯向いている顔を覗き込みながら
「立派に、仕遂げて来なせえ。あっしゃあ、蔭ながら、祈っておりやすぜ――さよなら、いろいろ、いいてえことがあるんだが――」
庄吉は、懐へ入れていた手を出して
「まあ、よしやしょう。若旦那、長々の、おつき合いで、あっしのような――や、やくざ者を――」
庄吉は、だんだん俯向いて、泣声になってきた。
「わしが、手首を折ったのに、それを恨みもせず――よく――よく、つくしてくれた。何も、今生で、礼ができんで、心苦しいが、あの世から――」
小太郎も、俯向いた。南玉は、手拭で、鼻の下をこすっていた。
「深雪さん、そいじゃあ、お別れしますぜ」
庄吉は、立ちかけた。そして、又、坐って
「操を破ったって――ねえ、何んな、ぼろを下げたって、仮令、夜鷹、辻君になったって、惚れた女は、惚れた女――として、ねえ、惚れた上は、鼻が欠けても、盲になって
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