斉彬は、伊達宗城の言葉の終るのを待って、静かに
「然し、余の事とちがい、父の心一つにて決することゆえ、お志は忝ないが、万事父の心任せに――」
「そういうとは、身も、承知して参った。然し、お身のために、いろいろと、心を砕いている家中の者が、可哀そうとは、思わんかのう。お由羅方の人を、処分するか、せんかは、お身の心一つで――恐らくお身は、手をつけまいが、斉興殿は、この上、何をなさるかも知れん。もし、この後、ああしたことをなさるなら、いよいよ何事が起るか、判らんではないか? お身の孝心は、宗城、感じ入るが、父上一人の御機嫌をとるために、島津の家を亡ぼして、それが、賢人の道かの」
 斉彬は、微笑して
「亡びもせん。父も、よいお齢じゃで、その内に、お亡くなりになろう。それまでに、十人、二十人死んだとて、軽輩に、よい人物がうんといる」
「わが子を呪殺した人物でさえ、助けたいお身だから――成る程」
 と、宗城は、頷いて
「では、身は、身として、別に考えることに致そう。一言、申しておくが、調所笑左の、密貿易《みつがい》の一件。あれが、伊勢殿の手に入っておる。これを持ち出して――」
「それはいかん」
「身は、仮令、当家が、半地になろうとも、お身を殺しとうない。百万石にも代えられん天下の材と思うから、交りを絶つのを覚悟の上にて、非常手段をとる。これも、閣老と御相談した。多少、減地はされるであろうが、斉興公が何んとしても、隠居届をなされぬ上は、これを持ち出して、詰め寄るより外にない」
「それは、困る」
「福岡も、南部も、御同意だ。お身は、いつも、天下のために、己は、生犠《いけにえ》になってもいいと、申しておられるが、その尊い命を、見す見す縮められても、私事の孝のために、黙視しておられるのが、身の腑には、落ちん。わが子の命のことは、とにかく、多くの忠臣が、死罪となるのに、腕を拱《こまぬ》いて、斉興公任せにしておるのも、判らん」
「判らぬことはないが、家のことに、かまう暇がない」
「命が失くなって、天下のために計れるか」
「命は、天でないか」
「もういわぬ。これだけ申せば、お身に判らん筈はない。身は、身で、処置をする。もし、御意に逆ったなら、交りを絶つも、よろしい。御暇しよう」
「ふむ――」
 斉彬は、腕組をして
「よく、考えておこう」
 宗城は、立上りかけて
「いつもの、明断に、似ぬではないか」
 と、いってから、立上った。
「困ったことになったわい」
 斉彬は、こう呟いて
「父上の、お戻りを待って、よく、談合してからに――」
 と、宗城を見上げた。
「明断、明断」
 と、宗城は、振向きもしないで大声でいった。斉彬は、鈴の紐を引いてから、静かに立上った。宗城が、案内もまたずに、出て行った。一人の近侍が、入って来て、斉彬が考えながら、坐っているのを見て
「何か、お争いでも――」
「いいや、わしの心の中での――」
「勝様、お待ちでござります」
 と、答えると、宗城を、見送るため、それから、待っている勝安房に逢うため、立上った。

「封襲した上は、近々、帰国せずばなるまい。帰国の上は、海防のことも、心のままにならずと、心痛しておったが、貴殿の御意見を聞いて、大いに、安堵致した。日本のために、切に働いてもらいたい」
 斉彬は、そう云って、軽く頭を下げ、手を膝に置いた。
「恐れ入ります。いろいろの御高説、何れ程、勉強になりましたか判りませぬ。お説に従い、身命を賭して、努力仕ります」
 幕命を受けて、海軍のこと、造船のこと、国防のことを聞きに来た勝安房は、斉彬の熱誠と、知識とに、身体を固くして顫えながら、今の日本の危機を感じ、自分の責任の重さを感じ、それから、斉彬の存在に安心して、心の底からの、畏敬の、挨拶をした。
 庭の松の木越しに、品川の海が見えていた。薩摩の旗印を立てた船が、幾艘も、もやっているのを、主客二人が、暫く、眺めているうちに、帆柱へ、旗が、するすると、閃きながら登りかけた。白地に、日の丸の旗印であった。帆先で、翻ると、それは鮮かに――単純ではあるが、単純ゆえに、他の船印よりも、目につくし、単純なものの力と、美しさとが、感じられた。
「あれは? あの船印は?」
 と、安房が聞いた。
「日《ひ》の本《もと》を象《かたど》ったもので、わしが、考案したが、如何であろうかな。真中の朱は、太陽のつもりだが、いろいろと考えた末、物は、簡単なのがええと思うて、あれにした」
 勝は頷いた。
「あれが、やがて、日本の旗印となりましょう――そうありたいと心得ます」
 斉彬は、微笑して
「水戸の浪人等が、わしを担いで、倒幕の戦を起そうとしているのを、勝は、信じているかの」
「浪人の手では起り得ませぬが、或いは、幕府自ら、倒れるかも知れませぬ。古今興亡の歴史を顧みま
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