押しますから」
 西郷は、二人の人夫に、尻を押され、手を引かれて、穴から出た。二人の侍が
「近いから、転がして行け」
 西郷は、二人をじっと見て
「転がして――それが、元の御船奉行への作法でござるか」
 二人は、答えないで
「早くせい。早く」
 と、いった。西郷は、黙って、棺を見ていたが、だんだん俯向いて行った。

 何処から洩れたか、刑場へは、遺族の人々の関係者、無関係な見物人が、集まって来ていた。
 死体は、棺は、番小屋の前へ投げ出されて、土まみれになっていた。群集は、お互に険しい眼をして、黙っていた。掛の者は、番小屋の土間で
「首は、誰に斬らそうかの」
「誰に斬らす?」
「ああ見物が多くては、後の噂が困るでないか。拙者が、首を斬るのを見ていて、城下へ拡まっては、家の者へも合す顔が無い」
「役ならば、致し方もあるまい」
「いやだ。元来、一旦処置をして、而も、立派に腹をしたものを、その上、死体を掘り出して、曝すなど、あるまじきことじゃ」
「それは判っておるが、今更――」
 と、いった時、足軽だの、人夫だの、番小屋の者などが、棺の蓋を、こじ開けて、木を軋らせたり、折れる音を立てたりしていた。
 遺族の人々が、涙ぐんだ眼で、憤りの眼で、何かいいつつ近づこうとするのを、足軽が、押留めていた。
 死体は、何れも、白無垢を着ていた。外は寒かったが、暖かい土の中に埋もれていた死体は、外からも、内部からも腐敗しかけていて、髪の毛は、一固まりになって、剥《む》け落ちていたし、脣は、黒くなって腐り、歯が剥き出していて、人々へ怨恨を訴えているように見える。
 自分で頸を突いた人も、介錯人に首を打落させた人も、その首を継ぐために、幾重にも、白布を巻いていた。半分開いて、白く剥き出している眼、睫毛が抜け落ちた眼瞼の中から、微かに、人々を眺めている眼。合掌した掌。その掌の珠数、持物、脇差、香花――そんなものが、棺の中から持ち出されて、棺の上に置かれてあった。
 誰の顔も、生前とは変っていた。肉が落ちてしまっていたし、色が変って、斑点が出来ていたし――そういうものを、掘り出して見ることは、死んだ人へ最大の恥辱を与えるのだ、という感じが、人足の頭へも感じられた。見るべからざるものを見、見すべからざるものを見せた――お互に、憤り、恥ずべきものであった。
「小屋番に、斬らせるか」
 と、侍がいった時、国分猪十郎の首が、布を解かれて、土の上へ転がったらしく、一人の足軽が、拾い上げて、鼻をつまみながら
「御検分」
 と、叫んだ。その途端、群集の中から
「礼を存ぜぬか、礼を。たわけがっ」
 と、叫ぶ者があった。それと一緒に、群集が、口々に、何か云いつつ、どよめいた。足軽は、鼻をつまんでいた手を放して
「臭えからの」
 と、呟いた。
「足軽などに、斬らせては、却って悪口を吐くであろう。礼を正しくして、斬る外はあるまい」
「うむ」
 一人は、俯向いて、じっと、土間を、見入っていた。
 群集が、どよめいて、動いた。僧侶が二人、その中を掻分けて出て来た。足軽が
「何用で」
 と、咎めると
「死体に、坊主は、つきものじゃで」
 と、笑いながら、小走りに、死体の方へ走って行った。その後方へついて来た西郷吉之助は、群集の前に立って、僧侶が、死体へ、黙祷して、合掌すると同時に、自分も、合掌して、首垂れた。四辺の人々も、皆合掌した。

 赤山靱負は、うすら寒い、暗い、自分の部屋で、書類を破り棄てていた。一寸見ただけで、破ったり、暫く、読み返してみてから破ったり――。
 靱負の前には、女房と、老人の用人とが、その破った書類を掻集めたり、一面に陳べてある、刀剣、書物へ、細長い白紙を、貼ったり、差込んだりしていた。二つの、大きい手函の中の書類を、悉く、破りすてると
「焼き棄てえ」
 靱負は、少し、眼瞼の赤くなっている女房の眼へ
「庭で――」
「はい」
 女房は、静かに、立って行った。そして、廊下で、手を叩いた。遥かのところで
「はい」
 と、いう返事がした。庭番が、来たらしく、女房が、何か命じていた。靱負は、暫く、刀剣を見廻していたが、用人が、小さい帳面を、膝へ置いたのを見て
「その永正祐定は、樺山」
 用人は、頷いて、帳面へ印をつけ、刀に縛りつけた白紙へ、樺山と、書いた。
 靱負は、遠島という処分になったのであるが、この処分は、習慣として、自裁をすすめる方法であった。あからさまに、切腹を命ずる程の罪もないが、死んだ方がいい、と思った人間に対しての処分法であった。それから又、遠島に処せられたとしても、一生、生きて戻れぬ上からは、武士の面目として、切腹するのが、当前でもあった。卑怯に、島流しにされながら、のめのめと、生きていることは、隼人の意地として、出来ないことであった。
「吉兵衛が、参
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