置を受ける」
と、云った時、二三人の足音がして、南玉が
「放せったら」
と、叫んで、格子を入ろうとした。手先の一人が、肩を掴んだ。
「若旦那っ」
南玉は、捕吏に、左右から押えられている小太郎の立姿を見て
「一体――」
と、いうと、顔をしかめて、眼を撫でた。
「牧を――あんた、牧を、一体」
「親爺――庄吉、いろいろと世話になって、何一つ、恩返しもできんが、許してくれい。二人の世話にならんなどと申したが、わしの間違いじゃ。よく尽してくれた。改めて礼を申すぞ。この上は深雪をよろしく頼むぞ。天にも、地にも、仙波の家のは、これ一人に相成った」
小太郎の眼の中には、薄く涙が、滲み出て来た。
「余り、未練らしく振舞って、笑われとうない。深雪、申し聞かさずとも、一人前の判断のできる齢じゃ。よく考えて、この二人とも、益満とも、談合して――」
深雪は、俯向いて、黙っていた。いいたいことが、いっぱいあったが、何からいっていいのか、判らないし、何ういえばいいのかも、考えられなかった。
捕吏は、深雪を、じろじろ眺めて、早く、顔を上げたらいい、と思った。南玉も、庄吉も、黙っていた。長屋の人々は、格子の外から、いっぱいになって、中の気配をうかがっていた。
「忝《かたじけ》のうござる」
小太郎は、同心に一礼して、歩き出した。
「お兄様」
深雪が、立上って、手を延した。
「何んじゃ」
小太郎が、振向くと一緒に、涙が、頬を伝って、咽《むせ》び泣きの声が、漏れてきた。
「未練者」
小太郎は、睨みつけたが、同じように、涙を浮べていた。
「深雪さん、とにかく――」
庄吉は、深雪に、蹤いて行け、と、眼で合図をした。小太郎は、群集の中を、袖をとられて出て行った。庄吉と、南玉と、深雪とが、人々の後方からつづくと、長屋の一人が
「庄公、お前でなくてよかったのう」
と、云った。
「この野郎っ」
庄吉は、左手で、そう云った男の、横面を撲った。
「何うするの、こうするのって、何うも、こうも、ありゃしねえ」
南玉は、いつもの、飄逸《ひょういつ》さを、すっかり無くしていた。庄吉も、深雪も、黙って、俯向いていた。
「俺、これから、吉んとこへ行って、仲間の奴らに、手別けしてもらって、益満さんを捜そう」
「そうかい。そうしてくれ。一刻でも、早い方がいいや」
「行って来らあ」
庄吉が、立上った。
(俺が、片腕を失くしたくらい、何んでもねえ。深雪は、自分が殺されるよりも、辛いだろう。人間ってやつの、運ってものは、一つ悪くなると、何処まで、曲り出すものか、判らねえ)
庄吉が、入口を出ると、向い側から、大家が、顔を出して
「もしもし」
と、呼んだ。
「何んですえ」
「何っかへ、お出かけですかい」
庄吉は
(何を、いってやがるんだ)
と、思った。そして、返事もしないで、歩き出すと
「もしもし一寸」
大家は、草履を、引っかけて、走り出して来た。そして、庄吉に
「係り合いの人が、勝手に、出歩いちゃあ、私が、迷惑します。御奉行所から、御達しのあるまで、動かないで、いてもらわんと。もし――」
庄吉が、とんとん歩いて行くので、大家は、こう云って、庄吉の袖を掴んだ。
「何?」
「何、って、困りますよ」
「うるせえや」
庄吉は、袖を払ったが、臂から下の無い腕では、掴んだ手を、振切ることが、出来なかった。庄吉は、かっとなった。
「放せっ、この、ぼけ茄子《なす》」
「何を」
「何も、くそもあるもんか。この、珍毛唐あ」
「おい、誰か、来てくれえ」
庄吉の、凄い見幕に、大家は、手を放した。庄吉は、右袖をひらひらさせながら、走り出した。
「仕様《しょ》んねえ、畜生だな」
大家は、呟いて、引返した。そして、南玉の家の表から
「今のは、誰だえ。師匠」
南玉は、黙っていた。
「御奉行所から、お達しのあるまで、係り合いの者は、一足も動いちゃならねえと、この長屋の者まで、出ないでいるのに――困るなあ、私だって、忙がしい用事を控えて、そのために、こうして、来ているんだよ。一体、何処の奴だえ、あの野郎は?」
「聞いてみな」
「誰に?」
「あの野郎って野郎に」
「変に、突っかかりなさんな。外のことじゃあねえ。何んなことになるかも知れないよ。大捕物の係り合いだからのう」
「大捕物が、怖くて、高座で、板が叩けるけえ」
「南玉さん」
「今日の南玉は、いつもの、南玉たあ、ちがうぞ」
大家は、黙って、引返した。
「だんだん人気が、悪くなるよ。喜《よし》さん、近頃は、物騒だねえ。黒船は来るし、変な浪人がうろうろするし――」
大家は、呟きながら、向う側の家へ入って行った。
萌出る物
謹慎の意を表して、二尺ぐらいの長さの木に、小さく、高崎五郎右衛門の墓、と書いてある、墓標の木が、土の下から
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